三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。
小さな焼き菓子に、アイスクリームと果物が添えられていた。
おいしそう、とフォークを取ろうとしたところで、名前を呼ばれる。
「真帆さん」
顔を上げると、蓮くんはまだ手をつけていなかった。
「一緒に住まない?」
少し遅れて、口元が緩んだ。
泊まった翌朝、同じ台所で朝ご飯を用意するのが好きだった。帰るほうの支度を気にしなくてよくなるのだと思うと、嬉しかった。
「いいね。でも、通勤とか――」
「その前に」
彼が少し笑った。
「結婚しよう」
私は口を閉じた。
隣の席の話し声が聞こえていた。店員さんが通路を歩き、どこかでカップが鳴る。その中で、蓮くんだけが私の返事を待っていた。
「……結婚?」
「うん。真帆さんと」
ジャケットの内側から、小さな箱が出てきた。
蓋が開いて、指輪が見えた。そこまで見て、ようやく、今日ここへ来た理由がわかった。
「びっくりしてる?」
「してる」
正直に答えると、彼も少し笑った。
「今日は、一年頑張ったねって、そういう日だと思ってたから」
「うん。一年働いてみて、これからの暮らしも前より想像できるようになったし。今なら言えるかなと思って」
私は指輪から彼の顔へ、目を戻した。
就職して、忙しくなって、それでも会える日は嬉しかった。仕事の話を聞きながら、頑張っているなと思っていた。
その間に、この人は今日のことを考えていたのか。
「……いつから?」
「結婚?」
「うん」
蓮くんは少し考えた。
「付き合ったときから、考えてはいたよ」
そんなに前から。
何も言えずにいると、彼は照れたように笑った。
「真帆さん、仕事続けたいって言ってたでしょう」
「うん」
「就職先を決めるときも、それは考えた」
私は彼を見た。
「仕事の話、いっぱい聞いてたじゃん」
「就活の参考にしてるんだと思ってた」
「してたよ」
彼は頷いた。
「でも、一緒に暮らすなら、どんなふうになるのかなとも思ってた」
今の担当は好きなのか。部署を変わりたいとは思わないのか。
聞かれるまま話していたことを思い出す。私の愚痴に笑っていたときも、そんなことを考えていたのだ。
「真帆さんが続けたい仕事なら、続けてほしいし。でも、会いやすいからって、働きたくない会社を選んだわけじゃないからね」
最後を付け足されて、思わず笑った。きっと、そういう顔をしていたのだろう。
「……うん」
返事をしたら、目の奥が熱くなった。
「住むところは、これから一緒に探したい」
「うん」
「真帆さんの希望も聞きたいから」
私は頷いた。
何でもない休日に、一緒に困ったり、笑ったりする相手。そういう人がいたらいいと思っていた。
目の前の彼が、少しだけ不安そうな顔になった。
「真帆さん?」
まだ、返事をしていなかった。
「……私も、一緒にいたい」
声が震えて、少し笑ってしまった。
「これからも、蓮くんと」
彼の表情がほどけた。
「よろしくお願いします」
そう言うと、蓮くんが笑った。
「こちらこそ」
差し出した手を取って、指輪をつけてくれた。長い指も、伏せた目元も、何度見たかわからない。
それでも、今日の顔は、きっと忘れないと思った。
*
指輪をつけた手を眺めていたら、蓮くんが言った。
「似合う」
「ありがとう」
顔を上げると、彼は嬉しそうに笑っていた。
「真帆さん、デザート」
「あ」
アイスクリームが少し溶け始めていた。
二人で笑いながらフォークを取る。慌てて食べた一口も、ちゃんとおいしかった。
「明日、何食べたい?」
つい聞くと、蓮くんが笑う。
「もう明日の話?」
「明日も休みでしょう」
「休み」
彼は少し考えた。
「真帆さんの作るやつ。豚肉とキャベツ炒めたの」
「あれでいいの?」
「あれがいい」
私は頷いて、もう一口デザートを食べた。
帰りに、スーパーへ寄っていこう。
END
おいしそう、とフォークを取ろうとしたところで、名前を呼ばれる。
「真帆さん」
顔を上げると、蓮くんはまだ手をつけていなかった。
「一緒に住まない?」
少し遅れて、口元が緩んだ。
泊まった翌朝、同じ台所で朝ご飯を用意するのが好きだった。帰るほうの支度を気にしなくてよくなるのだと思うと、嬉しかった。
「いいね。でも、通勤とか――」
「その前に」
彼が少し笑った。
「結婚しよう」
私は口を閉じた。
隣の席の話し声が聞こえていた。店員さんが通路を歩き、どこかでカップが鳴る。その中で、蓮くんだけが私の返事を待っていた。
「……結婚?」
「うん。真帆さんと」
ジャケットの内側から、小さな箱が出てきた。
蓋が開いて、指輪が見えた。そこまで見て、ようやく、今日ここへ来た理由がわかった。
「びっくりしてる?」
「してる」
正直に答えると、彼も少し笑った。
「今日は、一年頑張ったねって、そういう日だと思ってたから」
「うん。一年働いてみて、これからの暮らしも前より想像できるようになったし。今なら言えるかなと思って」
私は指輪から彼の顔へ、目を戻した。
就職して、忙しくなって、それでも会える日は嬉しかった。仕事の話を聞きながら、頑張っているなと思っていた。
その間に、この人は今日のことを考えていたのか。
「……いつから?」
「結婚?」
「うん」
蓮くんは少し考えた。
「付き合ったときから、考えてはいたよ」
そんなに前から。
何も言えずにいると、彼は照れたように笑った。
「真帆さん、仕事続けたいって言ってたでしょう」
「うん」
「就職先を決めるときも、それは考えた」
私は彼を見た。
「仕事の話、いっぱい聞いてたじゃん」
「就活の参考にしてるんだと思ってた」
「してたよ」
彼は頷いた。
「でも、一緒に暮らすなら、どんなふうになるのかなとも思ってた」
今の担当は好きなのか。部署を変わりたいとは思わないのか。
聞かれるまま話していたことを思い出す。私の愚痴に笑っていたときも、そんなことを考えていたのだ。
「真帆さんが続けたい仕事なら、続けてほしいし。でも、会いやすいからって、働きたくない会社を選んだわけじゃないからね」
最後を付け足されて、思わず笑った。きっと、そういう顔をしていたのだろう。
「……うん」
返事をしたら、目の奥が熱くなった。
「住むところは、これから一緒に探したい」
「うん」
「真帆さんの希望も聞きたいから」
私は頷いた。
何でもない休日に、一緒に困ったり、笑ったりする相手。そういう人がいたらいいと思っていた。
目の前の彼が、少しだけ不安そうな顔になった。
「真帆さん?」
まだ、返事をしていなかった。
「……私も、一緒にいたい」
声が震えて、少し笑ってしまった。
「これからも、蓮くんと」
彼の表情がほどけた。
「よろしくお願いします」
そう言うと、蓮くんが笑った。
「こちらこそ」
差し出した手を取って、指輪をつけてくれた。長い指も、伏せた目元も、何度見たかわからない。
それでも、今日の顔は、きっと忘れないと思った。
*
指輪をつけた手を眺めていたら、蓮くんが言った。
「似合う」
「ありがとう」
顔を上げると、彼は嬉しそうに笑っていた。
「真帆さん、デザート」
「あ」
アイスクリームが少し溶け始めていた。
二人で笑いながらフォークを取る。慌てて食べた一口も、ちゃんとおいしかった。
「明日、何食べたい?」
つい聞くと、蓮くんが笑う。
「もう明日の話?」
「明日も休みでしょう」
「休み」
彼は少し考えた。
「真帆さんの作るやつ。豚肉とキャベツ炒めたの」
「あれでいいの?」
「あれがいい」
私は頷いて、もう一口デザートを食べた。
帰りに、スーパーへ寄っていこう。
END