Héritage
第4章 受け継ぐもの
兄貴がいなくなってから、時間だけが先に進んでいった
葬儀を終えた翌週から、俺の仕事は大きく変わった
これまでとは違う立場で、神崎家の人間と会う
グループ会社の役員、取引先の代表、海外拠点の責任者
兄貴が生前関わっていた人たちに、一人ずつ挨拶をしていった
「今後は輝様に引き継いでいただきます」
秘書がそう紹介するたび、相手の視線が俺に集まる
握手を交わし、頭を下げる
そして、その場でいくつもの話を聞く
兄貴がどこまで関わっていたのか
今、何が動いているのか
これから何を決めなければならないのか
一つの会社を知るだけでも、簡単じゃない
それが神崎家にはいくつもある
国内を回ったと思えば、今度は海外へ飛ぶ
朝の便で東京を出て、その日の夜にはシンガポールで会議をしていることもあった
移動中は資料を読み、機内で眠れるときだけ眠る
ホテルに戻ってからも、その日の話を整理し、翌日の予定を確認する
そんな生活が続いた
最初の一ヶ月は、何もかもが新しかった
二ヶ月目には、少しずつ顔を覚えられるようになった
三ヶ月目になる頃には、以前なら兄貴に確認していたようなことを、自分で判断する場面も増えていった
もちろん、分からないことはまだある
そのたびに専門の役員から説明を受け、必要なら自分で資料を読み込む
分からないまま決めることだけはしなかった
兄貴の代わりになるつもりはない
けれど、神崎家を背負うと決めた以上、自分の判断で進めなければならない
そう思うようになっていた
気づけば、季節が一つ進んでいた
あの日、海辺で感じた冷たい風も、今では遠い記憶になりつつある
更とは、あの日以来会っていない
豊嶋家で会った日のあと、必要な連絡を何度か交わしただけだった
俺も忙しかったし、更も同じだったのだと思う
両家から婚姻について具体的な話が出ることもなかった
喪が明けるまでは、何も動かさない
そう決まっていたからだ
そして、気づけば半年近くが過ぎていた
ある日の夜
海外出張から戻った俺は、久しぶりに自宅で一人の時間を過ごしていた
明日の予定を確認しながら、ソファに身体を沈める
そのとき、ふと更の顔が浮かんだ
……更、どうしてるかな
考えてみれば、ずいぶん長いこと顔を見ていない
最後に会ったのは、豊嶋家だった
兄貴がいなくなったこと
これからの結婚のこと
まだ何も整理できていないまま、俺たちは別れた
あれから、半年近く
更も少しは落ち着いただろうか
そんなことを考えながら、俺はスマートフォンを手に取った
連絡先を開く
更の名前は、すぐに見つかった
けれど、メッセージを送る理由が思いつかない
元気か、と聞くのも違う気がした
俺たちは、そういう関係じゃない
昔から知っている
兄貴の婚約者だった
そして今は、俺の婚約者になることが決まっている
それなのに、半年も顔を合わせていない
妙な距離だった
俺は結局、何も送らずに画面を閉じた
その直後、スマートフォンが鳴った
父親からだった
『喪も明ける』
短いメッセージのあとに、続きが届く
『豊嶋家と正式に話をする』
俺は画面を見つめた
分かっていたことだった
それでも、その文字を目にした瞬間
半年間、仕事の奥に押し込めていたことが、はっきりと目の前に戻ってきた
更との結婚
今度は、仕事の引き継ぎとは違う
自分自身のこととして、向き合わなければならない
葬儀を終えた翌週から、俺の仕事は大きく変わった
これまでとは違う立場で、神崎家の人間と会う
グループ会社の役員、取引先の代表、海外拠点の責任者
兄貴が生前関わっていた人たちに、一人ずつ挨拶をしていった
「今後は輝様に引き継いでいただきます」
秘書がそう紹介するたび、相手の視線が俺に集まる
握手を交わし、頭を下げる
そして、その場でいくつもの話を聞く
兄貴がどこまで関わっていたのか
今、何が動いているのか
これから何を決めなければならないのか
一つの会社を知るだけでも、簡単じゃない
それが神崎家にはいくつもある
国内を回ったと思えば、今度は海外へ飛ぶ
朝の便で東京を出て、その日の夜にはシンガポールで会議をしていることもあった
移動中は資料を読み、機内で眠れるときだけ眠る
ホテルに戻ってからも、その日の話を整理し、翌日の予定を確認する
そんな生活が続いた
最初の一ヶ月は、何もかもが新しかった
二ヶ月目には、少しずつ顔を覚えられるようになった
三ヶ月目になる頃には、以前なら兄貴に確認していたようなことを、自分で判断する場面も増えていった
もちろん、分からないことはまだある
そのたびに専門の役員から説明を受け、必要なら自分で資料を読み込む
分からないまま決めることだけはしなかった
兄貴の代わりになるつもりはない
けれど、神崎家を背負うと決めた以上、自分の判断で進めなければならない
そう思うようになっていた
気づけば、季節が一つ進んでいた
あの日、海辺で感じた冷たい風も、今では遠い記憶になりつつある
更とは、あの日以来会っていない
豊嶋家で会った日のあと、必要な連絡を何度か交わしただけだった
俺も忙しかったし、更も同じだったのだと思う
両家から婚姻について具体的な話が出ることもなかった
喪が明けるまでは、何も動かさない
そう決まっていたからだ
そして、気づけば半年近くが過ぎていた
ある日の夜
海外出張から戻った俺は、久しぶりに自宅で一人の時間を過ごしていた
明日の予定を確認しながら、ソファに身体を沈める
そのとき、ふと更の顔が浮かんだ
……更、どうしてるかな
考えてみれば、ずいぶん長いこと顔を見ていない
最後に会ったのは、豊嶋家だった
兄貴がいなくなったこと
これからの結婚のこと
まだ何も整理できていないまま、俺たちは別れた
あれから、半年近く
更も少しは落ち着いただろうか
そんなことを考えながら、俺はスマートフォンを手に取った
連絡先を開く
更の名前は、すぐに見つかった
けれど、メッセージを送る理由が思いつかない
元気か、と聞くのも違う気がした
俺たちは、そういう関係じゃない
昔から知っている
兄貴の婚約者だった
そして今は、俺の婚約者になることが決まっている
それなのに、半年も顔を合わせていない
妙な距離だった
俺は結局、何も送らずに画面を閉じた
その直後、スマートフォンが鳴った
父親からだった
『喪も明ける』
短いメッセージのあとに、続きが届く
『豊嶋家と正式に話をする』
俺は画面を見つめた
分かっていたことだった
それでも、その文字を目にした瞬間
半年間、仕事の奥に押し込めていたことが、はっきりと目の前に戻ってきた
更との結婚
今度は、仕事の引き継ぎとは違う
自分自身のこととして、向き合わなければならない