浪費家王子に婚約破棄されましたが、王女だった(隠れ)王子に財務相談役として囲い込まれています
 クリスチャンの規則正しい鼓動が、服越しにシャルロットへと伝わってくる。
 至近距離からかかる彼の息が耳の裏をくすぐり、シャルロットの顔は一瞬にして沸騰したかのように熱くなった。

「大丈夫。気にしなくていい」

 クリスチャンは彼女の身体を支えたまま、的確に足場を指示していく。

「そう。上からしっかり踏み締めて、そこ、右の方は乾いているよ」

 何故、自分には見えない地面が彼には見えるのかわからない。
 しかし、ようやく安定した岩場に両足を着けることができた。シャルロットは消え入りそうな声でお礼を言う。

「ありがとうございました、殿下」
「どういたしまして」

 クリスチャンは、いつもと変わらぬ穏やかな声で応じた。

 暗がりの中、数人の兵が持つ松明の明かりだけが、ゆらゆらと周囲の壁を揺らしている。
 ようやく自立できたシャルロットは、自身の右手に意識を向けた。クリスチャンがしっかりと握ったまま、一向に手を離そうとしないのだ。

「……あ、あの」

 シャルロットが戸惑うように視線を落とすと、クリスチャンは前方を向いたまま、その指先の力を緩めることはなかった。

「気をつけてロティ、そっちも濡れている。よく前を見て」

 確かに、まだ足場は悪い。


 ここでまた転んでしまったら、それこそ彼にさらなる迷惑をかけてしまう。だから、これは安全のための措置なのだ。


 シャルロットは頭の中で何度も自分自身へそう言い訳を繰り返す。
 分かっている。
 手を振りほどくことができないのは自分の意志だ。指先から伝わってくる彼の体温の心地よさを、どうしても手放すことができない。

 もう少し。
 出口が近づいて、明るくなるまで。

 シャルロットはクリスチャンの暖かさを感じながら、一歩一歩、ゆっくりと岩場を踏みしめた。
< 37 / 37 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
バツイチなのに……本当は未経験だなんて、言えない。 夫のモラハラに傷つき離婚を決意した介護士の詩織 どん底の彼女を救い出したのは、初恋の相手でもある豪腕弁護士の鷹木慧だった 「弁護士の俺も、友達の俺も、どっちも頼ってほしい」 過保護なまでに甘く守り、無償の愛を注いでくれる彼 けれど彼が完璧であればあるほど、恥ずかしい秘密が言えなくて――? エリート仕事人間×傷抱えヒロインの、10年越し溺愛やり直しロマンス
表紙を見る 表紙を閉じる
「やっと、捕まえた。俺から逃げ切れると思ったか?」 五年前。 宝石の研磨師として修行に励んでいた白河蒼乃は、愛した男、御堂昂輝に裏切られ、祖父の工房を奪われた。 絶望の底に叩き落とされながらも、彼の子を宿していた蒼乃は、真実を隠したまま姿を消す。 時は流れる。 都会の片隅で宝石鑑定士として働きながら、四歳の息子・輝を育てる蒼乃。 だが、運命は残酷に二人を再会させる。かつての恋人は、業界の頂点に君臨し『氷の宝石商』と畏怖される非情な経営者となっていた。 「……俺の、俺と蒼乃の子だ」 自分と瓜二つの瞳を持つ輝の存在に驚愕し、執着を露にしながら追いかける昂輝。 必死に逃げようとする蒼乃だが、昂輝は、じわじわと追い詰める。 五年前の、買収劇に隠された真実。 否応なく巻き込まれていく、巨大な陰謀。 後悔に身を焦がす天才社長の溺愛と、自立を誓うシングルマザーの、すれちがいの恋物語。 一粒のサファイアが導く、家族の再生を描いたラグジュアリー・ロマンス。 【登場人物】 白河蒼乃(しらかわ あおの):研磨師。及川匠の孫。 24歳→29歳 御堂昂輝(みどう こうき):御堂ジュエリーの社長。氷の宝石商と呼ばれる。 28歳→33歳 白河輝(しらかわ ひかる):4歳 及川匠(おいかわ たくみ):伝説の研磨師。蒼乃の祖父。 日向陽介(ひなた ようすけ):輝の保育園の先生。蒼乃の高校時代の同級生。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 第8回ベリーズカフェ恋愛小説大賞 大賞受賞 本当にありがとうございました! 2026.7.31

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop