魔力が漏れる体の辺境令嬢は、前世の調合スキルと従兄の溺愛で生きていきます
第十三章 試験と交渉


学期末の実技試験は、彼女にとって壁だった。魔力の持続出力と体力の双方を測る、標準の実技。主治医の見解では、受験そのものが難しい。
これまでの彼女なら、家か叔父が先に動いただろう。けれど今回、リゼットは自分で書類を作った。代替評価の提案書だった。標準試験の目的は「負荷下での制御の持続」であること。その目的に対し、自分の属性で実施可能な代替課題――制限時間内に循環模型の調律を維持し、数値の記録を提出すること。申請はアデルのいる事務窓口を通り、担当講師との面談も自分で臨んだ。
提案書は、三晩かけて書いた。学府の試験規程は、アデル経由で借りた。最初の案に自分で書いた「受験の免除」という言葉を、彼女は自分で線を引いて消した。免除は、測られないことだ。彼女が欲しいのは、測られ方を選ぶことだった。主治医の意見書は、クロードが書いた。そこには体調の事実だけが並び、推奨も懇願もなかった。「主治医の意見は、事実だけにします。そのほうが、君の提案の邪魔をしない」。医官の立場を、彼女の交渉の道具にしない。それが彼の、静かな応援の形だった。
「欠席の免除ではなく、別の形の受験を求めています。測られることからは、逃げません」
面談で、講師は厳しい問いを二つ投げた。「模型が途中で壊れたら」「君自身が、途中で倒れたら」
リゼットは、用意していた答えを述べた。模型の故障は、制限時間内の再調律をもって評価に含めること。自身の体調については、中断の基準を数値で事前に申告し、基準に達したら、自分の申告で試験を止めること。止める判断も、制御の一部として測ってほしい、と。
講師はしばらく黙って、それから言った。「……自分で止める基準を、自分で出す学生は、初めてだ」
講師はしばらく書類を見て、条件付きで認めた。医務室員の立会いと、中断基準の事前申告。そして彼女はもう一つ、自分から付け加えた。代替評価の方法と理由を、学科の掲示で公開すること。「特別扱い」と言われる余地を、透明さで消すためだった。
試験の前日、彼女は模型室を訪ねた。試験で使う循環模型に、挨拶をするためだった。管理の技師が、模型の整備記録を見せてくれた。油の交換、継ぎ目の点検、過去の故障の履歴。模型にも、記録の帳面があった。「道具はね、記録のあるものは、裏切らないんですよ」。彼女は模型の油の匂いを嗅ぎ、明日の軋みの出どころを、頭ではなく鼻で覚えた。
試験の日の朝は、計画通りだった。前夜の睡眠、当日の朝食、開始までの休憩の取り方まで、医務の計画に沿って進んだ。試験とは、模型の前の数時間だけのことではなかった。その日の身体の作り方も含めて、彼女の受験だった。
試験当日、模型の巡りは中盤で一度、微かに乱れた。焦りが手に出る。リゼットは深呼吸をして、匂いのほうに耳を澄ました。軋みの場所は、数値の出る前に分かる。修正は一手で済んだ。制限時間いっぱい、模型の巡りを調律し続けた。手は震えたが、数値は安定していた。合格。
記録用紙の立会人欄には、担当講師の署名と、もう一つ――窓口で書類を受け取ったアデルの、事務印が押されていた。
講師は最後に、記録用紙の写しを学科のファイルに綴じた。「前例として、保管します。君の方法は、君だけの抜け道にはなりません」。抜け道ではなく、前例。その言葉が、彼女には合格の判より嬉しかった。
公開の掲示の後、足の不自由な上級生が、放課後に彼女を訪ねてきた。「僕も、来期は代替の形を相談してみます。……道があると、分かったので」。掲示板には応援の書き込みが並んだが、一つだけ、意地の悪い落書きもあった。アデルはそれを消さず、写しを取って保管した。「賛成も反対も、記録です。消すのは、簡単すぎます」。透明さは、彼女の思うより遠くまで、誰かの背中を押していた。
その夜、彼女は試験の方法と中断基準の決め方を、研究会の記録に書き残した。自分のためだけの抜け道にしないために。「代替の形は、作れば、次に使う人がいる」。彼女の交渉は、彼女一人の合格で終わらなかった。
翌学期、あの上級生が、自分の代替評価の申請を出したという。アデルが窓口で受け付け、「前例のファイルが、厚くなりました」と報告に来た。前例は、一つ増えるごとに、次の人の道を少しだけ平らにした。
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