魔力が漏れる体の辺境令嬢は、前世の調合スキルと従兄の溺愛で生きていきます
第十七章 私の居場所
学園祭の朝、空はよく晴れた。
研究会の店は、温室前の小さな区画だった。改造した竈、並ぶ焼き菓子、アデルの書いた読みやすい看板。リゼットが到着したとき、店はすでに開いていて、最初の客がスープを飲んでいた。
交代表の自分の欄には、『昼から二時間。それ以外は休憩』と、アデルの字ではっきり書かれていた。自分の休みが、自分の作った仕組みに、他人の字で守られている。そのことが、彼女の胸を小さく温めた。
彼女の担当は、昼から二時間だけ。相談コーナーで客の好みを聞き、調合の最終調整をする。それ以外は、店の後ろの椅子で休むことになっていた。
正午、交代の時間になって、リゼットは椅子に座り、温かい茶を渡された。ミレイユの計算した値段で、セドリックの竈で温められたスープが、自分のいない列の先で売れていく。客の「美味しい」が聞こえる。自分の手ではない手が、自分の考えた調合を仕上げている。
不思議だった。寂しくはない。誇らしい、に近かった。
失敗も、ちゃんとあった。午後の焼き菓子は焼きすぎて三つ廃棄になり、夕方のスープは緋椒の加減を誤って、辛すぎる一杯を謝って引き換えた。閉店後、皆で机を囲んで、報告が行われた。
「売上はこれだけ。焼き菓子は完売。失敗は三件、理由はここに」
「次は、辛さの札をもっと大きく。それと、会長の休憩時間、来年はもっと早く決めること」
ミレイユの報告は容赦がなくて、正確だった。リゼットは香り帳に、それを全部書き取った。成功も、失敗も、次への改善も。私がいない時間の出来事が、私の帳面に、皆の言葉で残っていく。
店とは、こういうものだったのか。前世の店では、できなかった形だった。
*
祭りの翌日、小棟に小包が届いた。故郷のノエルからだった。
中には、小さな蓄魔瓶と、肌に貼る薄い供給パッチ、そして短い手紙が入っていた。
『試作一号。クロードの魔力を何日かかけて少しずつ貯め、装置が調律して、皮膚からゆっくり渡す。間隔を延ばすのが目的。まだ君の「取り決め」を全部は肩代わりできないが、第一歩だ。感想を、辛口で頼む』
その晩、初めての試験が行われた。クロードが瓶の状態を確認し、パッチが彼女の腕に貼られる。温かさが、ゆっくりと、点滴のように染みていく。身体を重ねる供給のような確かさはない。けれど、確かに、魔力が入ってくる。
リゼットは、試験の様子を項目ごとに記録した。染み入る速さ、温かさの持続、終わった後の疲労の有無。そして最後に、一行だけ、数値ではないことを書いた。『効率は低い。だが、これは、私が選んで受けた供給だ』。選べることは、数値の外側にも、確かにあった。
「……入って、います」
「効率はまだ低い」とクロードは言った。「だが、これは君が選べる手段が増えるということだ。私でなければ駄目な理由が、少しずつ減っていく」
その言い方には、寂しさが混じっていた。気のせいかもしれない。リゼットは言いかけて、やめた。今はまだ、名前のつけられないものだった。
試験の終わったあと、リゼットは引き出しから小さな紙袋を取り出した。祭りの日、ミレイユが「会長が自分の店の味を知らないのは変だ」と言って、売り物から一つだけ残してくれた焼き菓子だった。
リゼットはそれを半分に割り、クロードに差し出した。
「祭りの味です。私の店の」
クロードは少し驚いて、それを受け取り、一口食べて、しばらく黙っていた。
「……君の香りは、もう部屋の外にあるんだな」
「え?」
「なんでもない。美味い、と言っている」
窓の外では、祭りの提灯が片付けられていく。研究会の厨房の窓には、まだ明かりが灯っていた。来週の仕入れの相談をする声が、かすかに聞こえる。
祭りの終わりに、ミレイユが小さな包みを渡した。出店の看板に飾っていた押し花と、当日の売上と失敗の記録だった。
「売上は目標の八割。失敗は三件。でも来年の申し込み、もう五件来てます」
後日、相談コーナーを訪れた年配の女性から、短い礼状も届いた。亡くなった夫の好きだった茶の配合を、祭りの場で一緒に考えたのだという。『一人で飲む茶が、少しだけ賑やかになりました』。リゼットはその文を、相談の記録の冊子に挟んだ。祭りの成果は、売上の中だけにはなかった。
祭りの最中には、こんなこともあった。クロードが、客の列に並んでいたのだ。順番が来ると、彼は他の客と同じように小銭を出し、出店の調合を一つ買った。会計のアデルが、関係者割引の有無で一瞬迷うと、彼は言った。「客の分だ。それでいい」
医務の人でも、供給の人でもなく、一人の客として。彼が買った小さな包みは、その日の彼女の、ささやかな自慢になった。
リゼットは香り帳を開き、新しい頁に書いた。
『学園祭。店は、私が休んでも続いた。ここが、私の居場所』