魔力が漏れる体の辺境令嬢は、前世の調合スキルと従兄の溺愛で生きていきます
第二十二章 段階Bの失敗
段階Bの実用化の前段には、失敗があった。
ノエルはまず、本体に接続しない負荷試験を行った。王都に勤務で来ていたレオンが、魔力を蓄魔ユニットへ詰める役を買って出たのだ。結縁を持たないレオンの魔力は、まっすぐで強い。一方向に押し込む力は大きいが、装置の調律回路は、その「まっすぐさ」に追いつかなかった。
試験は、手順書のある正式なものだった。アデルが記録係として様式を整え、観測の係、停止の係、記録の係が割り振られた。ノエルは点検項目を声に出して読み上げ、レオンはふざけた口調のまま、同意の欄にきちんと署名した。「止めろと言われたら、すぐ止める。それが約束だ」
署名の前に、レオンは一つだけ聞いた。「失敗したら、どうなる」。ノエルは誤魔化さなかった。「分からない。だから試験なんだ。分かる範囲は、手順に全部書いた」。レオンは笑って、署名した。「正直な技師は、信用できる」
異常は、計器より先に、聞き役のリゼットが拾った。「軋んでいます。……止めて」。次の瞬間、ユニットは過熱し、安全弁が蒸気を噴いた。停止の係のガスパールが、迷わず非常のレバーを引いていた。彼女の耳は手順を飛ばす理由にはならなかった。手順の中で、耳が役に立ったのだ。怪我はなかった。だがノエルは青い顔で、焦げた継ぎ目を分解した。
「調律は、強い魔力ほど難しい。……受け側の緩衝を、二重にしないと」
その夜、ノエルは工房で一人、焦げた継ぎ目を前に座り込んでいた。段階Bを畳んで、段階Aのままで行くほうが、安全で、確実だった。机の引き出しには、諦めるための言い訳が、順番に並んでいた。
そこへガスパールが、彼女からの小さな文を持ってきた。『失敗は、理由があるから残す。捨てたら、理由ごと忘れる。――あなたの言葉です』
ノエルは文を読み、笑って、継ぎ目を分解し始めた。「弟子に、自分の言葉で説教されるとはな」
「兄様の魔力が悪いんじゃない」とリゼットは言った。「合う形に変えるのは、装置の仕事。あなたが今、それを直している」
レオンは蒸気で曇った眼鏡もどきの保護具を外し、「俺は押すしかできん。整えるのは、専門家に任せる」と苦笑した。負荷の記録は、失敗の理由とともに、報告書にきちんと残された。
報告書には、焦げた継ぎ目そのものも、標本のように添えられた。「数値だけでは、後の人間が現場の熱さを想像できません」とアデルが言った。失敗の記録に、物が付く。それもまた、彼女たちの記録の流儀になっていった。
改良には三日かかった。その間、リゼットは毎日工房に詰め、改良の各段階で装置の「軋み」を聞いて記録した。三段階目で、軋みが消えた。
三日目の夕方、低い出力でもう一度だけ、レオンの魔力で試した。今度は、計器の針が最初から最後まで、静かに平らだった。レオンは何も言わず、ユニットの外側に、そっと掌を置いた。「……熱くない」。それだけ言って、彼は笑った。焼けた装置に、もう一度手を置けること。それが、この三日間の答えだった。
「音の記録は、数値の隣に置けるんです。耳は、嘘をつきません」
レオンは焼けた継ぎ目の部品代を、自分の小遣いから出すと言い張った。「俺の魔力が焼いたんだからな」。失敗の記録は、失敗のまま、後の計画書の附属資料になった。――隠さない失敗が、設計の信用になることを、彼らはこのとき学んでいた。
居合わせたクロードは、レオンの火傷の手当てを済ませると、断りもなくリゼットの手首にも指を当てた。過熱した装置に、彼女も手を添えていたのだ。
「私は、患者じゃありません。今日は」
「今日は、立会人だ。試験の記録には、立会人の確認も含まれる」。脈は、少し速かった。彼は数値だけを記録し、それ以上は、何も言わなかった。
この報告書は、学府の工房にも回された。工房の主は読み終えて、「失敗を、この形で出す学生は初めてだ」と言い、改良作業に旋盤の優先枠を出したという。隠さないことは、信用の形だった。その信用が、物と場所を動かした。
その後もレオンは、休暇のたびに工房へ顔を出し、自分の魔力の「出の癖」をノエルに記録させた。まっすぐで強い出力の、上がり方と収まり方。「整える側の苦労が分かった。……戦場でも同じだな。力は、出し方だ」。押すしかできないと思っていた兄の力が、記録の上では、立派に「扱える個性」になっていった。
この緩衝の改良があったからこそ、後にユリウスの魔力を受け入れる試験は、穏やかに成功したのである。
文を運んだガスパールは、この件以来、小さな手帳に、届け物の時刻を書き留めるようになった。「記録は、大きい仕事だけのものじゃないんでしょう」。彼女の周りでは、記録の習慣が、静かに伝染していった。