魔力が漏れる体の辺境令嬢は、前世の調合スキルと従兄の溺愛で生きていきます
第二十三章 選べる方法を増やす


ノエルが王都へ来たのは、冬だった。
工房の視察のついでだと言ったが、持ってきた荷物の大半は、リゼットの装置の改良部品だった。蓄魔瓶は大型化し、パッチは三枚に増え、そして彼は新しい回路図を広げた。
「段階B。装置が調律を担うから、貯めるのはクロード兄さんじゃなくてもいい。魔力の質の違いを、装置の側で揃える」
「誰からでも、受け取れるように?」
「少量ずつなら。……試すか」
最初の提供者には、ユリウスが名乗りを上げた。結縁を持つ兄の魔力は、装置に三日かけて少しずつ貯められた。試験の日、クロードが見守る中で、パッチが貼られた。
三日間の蓄魔のあいだ、ユリウスは毎日、工房に通った。本を読みながら、少しずつ魔力を流す。「調査と変わらんな。対象の隣に座って、時間をかける」。二日目には、彼のほうから装置の癖を言い当てた。「昼過ぎに、流れが細くなる」。提供者は、ただの材料ではなかった。観察者でもあった。
入ってくる魔力は、クロードのものとは違った。彼のものが静かな水なら、ユリウスのものは、古い図書館の空気のような、落ち着いた温かさだった。拒絶はない。身体が、ちゃんと受け取っている。
「……兄様の、魔力だ」
リゼットは目を潤ませた。供給とは、彼一人との、重い約束だったはずだ。それが今、家族の手を経て、少しずつ軽くなっていく。
「成功、だな」
ユリウス自身の感想は、あっけらかんとしていた。「三日かけて、軽い立ち眩み一度きり。……あの人の七日ごとは、やっぱり一人で背負うには重すぎたんだな」。その言葉は、誰を責めるものでもなく、ただ仕組みの話として、食卓に置かれた。レオンが「次は俺だ」と言い、装置の順番表に、家族の名が増えていった。
順番表には、アデルの手で、提供者側の規則も書き添えられた。一人の提供は月に何回まで。体調の申告は、本人の言葉を優先する。受ける側だけでなく、渡す側にも、上限と休みが要る。供給の仕組みは、ようやく両側から、設計され始めた。
間隔が十日になった最初の週、リゼットは図書館の古文書室で、丸一日の調査をやり遂げた。七日の周期では、体力の配分上、真ん中の日に当てざるを得なかった贅沢な一日だった。自由とは、劇的な何かではなく、予定表の余白のことなのだと、彼女は帰り道に思った。
帰りの馬車は、冬の夕方の冷え込みの中を走った。向かいに座るクロードは、やがて無言で自分の上着を脱ぎ、彼女の膝に掛けた。
「体温の保持だ。……記録には、書かなくていい」
上着には、薬草と、陽の当たった布の匂いがした。彼女は礼を言って、目を閉じた。眠るふりをしているあいだ、その温かさの出どころを、考えないようにするのが精一杯だった。
クロードが言った。記録を取りながら、穏やかな声だった。けれどリゼットは見てしまった。彼が一瞬だけ、窓の外を見たことを。その横顔が、役目を果たした道具のようだったことを。
試験の後、リゼットは約束通り「辛口の感想」を書いた。『入ってくる魔力に、兄様の本の匂いがする気がする。気のせいかもしれないが、悪くない。装置の装着部の金具が冷たい。冬は改良してほしい』。ノエルはそれを読んで、「香りの感想を寄越す患者は初めてだ」と笑い、金具の件だけ赤字で丸を付けた。
月一度の点検では、彼女は装置の「軋み」を聞く役目を引き受けた。蓄魔瓶に耳を寄せ、回路の音の重なりを確かめる。「患者は二人だな」とノエルは言った。「あんたと、この箱と」。装置もまた、聞いてもらうことで、長く働けるのだ。
ガスパールは久しぶりの兄との再会に、珍しく饒舌だった。騎士見習いだった彼も、今は正式な護衛騎士である。「お嬢の周りは、僕が固めます」「厨房の周りだけだろ、お前の領分は」とノエルが言い、二人の他愛ない言い合いに、リゼットは故郷の食卓を思い出した。故郷は遠い。けれど、こうして少しずつ、人が運んできてくれる。
その夜の食事で、ノエルはあっさり言った。
「僕がこれを作る理由は、初めから一つだよ。君が、選べる方法を増やすため。クロード兄さんが悪いわけじゃない。でも『この人しかいない』は、恋愛でも医療でも、健全じゃない」
「ノエル」
「供給の間隔も、記録上は十日まで延びた。本人の感想は、辛口で頼む」
リゼットは笑いながら、胸の奥の小さな痛みに気づいていた。自由は、嬉しいはずだった。なのに、彼が要らなくなる未来を想像したとき、真っ先に浮かんだのは、解放ではなく喪失だった。
それを、彼にだけは、まだ言えなかった。
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