魔力が漏れる体の辺境令嬢は、前世の調合スキルと従兄の溺愛で生きていきます
第二十八章 それぞれの畑
中核案の提示の後、リゼットは王都側の農民代表と面会する機会を得た。穀倉地帯の組合長ボルドは、敵意ではなく、困惑を抱えてきた。
面会は、セインが非公式に取り持ったものだった。同行した若い農民の一人は、冒頭から硬い声だった。「話を聞くのは構いません。でも、うちの水を、奪いに来たんじゃないでしょうね」。リゼットは、まず自分の側の記録を全部、机に広げた。辺境の土の記録、等級の推移、改修の歴史。「奪う話は、していません。……まず、これを見てください。私たちの側で、分かっていることです」。隠さないことが、この場での最初の礼儀だった。
「辺境の還流を戻すのは、正しいことなんでしょう。ですがね、お嬢さん。うちの畑は、あの『一時的な』配分で二十年やってきた。苗も、水路も、それに合わせてあるんです。急に戻されれば、今年の作付けがどうなるか」
彼は畑の暦を持ってきていた。種まきの時期、水の要る時期、収穫までの段取り。辺境の農民の記録と同じ、生活の帳簿だった。
リゼットは大きな紙を取り、二つの暦を一枚に写した。左に穀倉地帯の畑の暦、右に辺境の還流の時期。一年を並べてみると、水の要る時期の山は、完全には重ならなかった。ずらせる余地が、季節の中にあった。「戻す時期を、ここの山と山のあいだに置けば、どちらの畑も、今年の作付けを壊さずに済みます」。ボルドは長いこと、その一枚を見ていた。「……一枚にすると、見えるもんですね」。段階的移行の条項は、この一枚の紙から生まれた。
「私は、誰かの畑を干上がらせるために戦っているのではありません」
リゼットは言った。
「だからこそ、急な切替ではなく、段階的な計画が要る。戻す時期も、量も、畑の暦に合わせて」
面会の前に、ボルドは彼女の厨房で、辺境の調合を一口、試していた。
彼は二年分の辺境産を続けて試し、首を傾げた。「……今年のは、香りの切れが悪い。うちの畑の者なら、土の文句を言うところだ」。豊かな側の農民の舌も、変化を認めた。澱みの証言は、辺境の内側からだけではなかった。
「……うちの畑もな、昔は『端っこ』だったんですよ」と彼は言った。「先代の頃、配分がこっちに寄って、急に豊かになった。豊かさにも、理由があったわけだ。あんたらの言う『偏り』は、時代ごとに、場所を変える」
負担の場所は、固定ではない。だからこそ、時代ごとに、話し合って決め直す仕組みが要るのだ。二人は畑の暦の話をしながら、そこに辿り着いた。
ボルドは帰り際、自分の畑の穀物香辛料を一袋、置いていった。「うちの分です。あんたの棚に並べて、比べてください。……十年のと、今年のと」。豊かな側の畑にも、比べるべき過去がある。受け取った彼女は、その袋を標本棚の、辺境の瓶の隣に置いた。
「聖女様だのと新聞は書きますが、あんたは帳簿の分かる方だ」と彼は言った。この面会の記録が、後の分散還流計画に「段階的移行」の条項を入れる根拠になった。
帰り際、ボルドは逆の招待をした。「収穫の頃、うちの畑にも来なさい。見る側と見られる側は、交代しなきゃいかん」。対立する側同士が、互いの現場を訪ね合う。その約束は、計画書の条項より先に、二人のあいだに結ばれていた。
帰り際、ボルドは一つだけ条件を口にした。「計画に、見直しの条項を入れてくれ。配分は、十年ごとでも、畑の声を入れて決め直す。……決めたら決めっぱなしが、一番いかん」。その言葉は、後の計画の「運用の見直しに、地方の代表が加わる」という改革の項目に、そのままつながっていった。
面会の記録を清書しながら、リゼットはふと気づいた。反対側の人の言葉を、味方の言葉と同じ丁寧さで、香り帳に書き取っている。『相手のこと』を聞く頁は、台所の外でも、同じように働くのだった。
二つの暦の一枚は、アデルの手で三通に写された。一通は院へ、一通は辺境の村々へ、一通はボルドの組合へ。同じ一枚が、三つの場所の机に載る。記録は、配られてこそ、約束になるのだった。
この面会は、巡環院の側にも記録された。付き添ったセインが、二つの暦の写しを添えて、正式な報告に上げたのだという。民間の話し合いが、機関の文書になる。その経路もまた、彼女たちの仕事で開かれていった。
その後、院の農事の観察員が、ボルドの組合の畑を訪れるようになった。逆に、組合の若手が院の試験畑を見学する機会もできた。ボルドは「監視のつもりか」と最初は身構えたが、三度目の訪問では、自分から茶を淹れていたという。畑と畑の行き来が、制度の前に、人と人のあいだで始まっていた。