魔力が漏れる体の辺境令嬢は、前世の調合スキルと従兄の溺愛で生きていきます
第三十一章 新聞と聖女


聴取の内容は、数日のうちに新聞の知るところとなった。見出しは派手だった。『四属性の辺境令嬢、国の澱みを嗅ぎ分ける』『病弱の聖女、巡環院に立つ』。
リゼットはその記事を、食堂で手渡されて読んだ。腹が立った。聖女などではない。倒れるし、失敗もする。何より「病弱の」という飾りが、彼女の調査を、能力ではなく「健気さ」の物語にすり替えていた。
「……私は、嗅ぎ分けたんじゃありません。皆で記録を集めて、比べたんです」
学府では、同級生の一人が、その「聖女」の記事を冗談に折って、彼女の机に置いた。「記念に」。リゼットは笑って、その記事を香り帳の栞にした。「腹の立つ紙は、栞にするのが一番です。毎日、目に入るところで、役に立てばいい」。怒りを、道具に変える。それも彼女の流儀だった。
その思いを、彼女は次の取材で、丁寧に言い直した。標本の比較をした研究会の全員の名前を挙げ、ガルスの写しの存在を語り、方法を説明した。地味な記事になったが、週の終わりには、他の紙が方法論のほうを取り上げ始めた。投書欄には、辺境の読者からの一文が載った。『聖女ではなく、職人と書いてほしい。あの人は、私たちと同じ、記録を取る側の人間だ』。物語の書き換えは、読者の側でも始まっていた。
町では、彼女の似顔絵入りの護符が、無断で売られていた。「中核の聖女」の絵馬まであった。担ぎ上げられることは、収められることと、紙一重なのだと、彼女は護符の列を見て思った。
彼女は一つだけ、その護符を買った。売り子は彼女だと気づかなかった。工房に戻って、彼女はそれを香り帳のあいだに挟んだ。『担ぎ上げの記録。一つ、購入。売り子、私と気づかず』。腹の立つ出来事も、記録にしてしまえば、後の検証の材料になる。それが彼女の、怒りの処理の仕方だった。
届く手紙にも、彼女は一通ずつ返事を書いた。辺境の母からの「うちの畑も見てほしい」には、記録の取り方の手順書を同封した。王都の学生の「あなたのようになりたい」には、こう書いた。『私のようには、ならないでください。あなたの場所で、あなたの匂いの異変に、気づく人になってください』。聖女への手紙を、職人への手紙に変える。それが彼女のやり方だった。
その週、セインが非公式に研究会を訪ね、「聖女の物語は、中核案を後押しするために使われます。英雄は、施設に収まるのが似合う、と」と警告した。だから彼女は、取材の求めに、顔の代わりに方法の話をした。香りの記録の取り方、記録の重ね方、誰でも学べる手順の話を。
セインの持ってきた写しの中には、院の広報の回覧もあった。『英雄的物語の活用について』。彼女の「聖女」の物語が、院の側で、すでに用途のある資源として数えられている文書だった。警告は、憶測ではなかったのだ。リゼットはその回覧の写しも、記録の冊子に綴じた。相手の理屈も、記録しておく。いつか検証の材料になる。
院の広報の担当者からも、申し入れがあった。「取材の前に、話す内容を院とすり合わせませんか」。丁重な申し出だった。リゼットは、丁重に断った。「質問には、書面で全部お答えします。でも、言葉のすり合わせはしません。……私の言葉は、私の記録のままで」。広報担当者は少し驚いて、でも最後には笑って言った。「分かりました。では、正確な言葉を、お待ちします」
方法の記事を書いた若い記者が、一度だけ、確認のために研究会を訪れた。数字の一つを確かめに来たのだという。帰り際、彼は厨房の皿洗いを手伝いながら言った。「訂正は、記事の格を落とさない、って、先輩に教わりました」。その週、その新聞は小さな訂正記事を出した。彼女の年齢の誤りを直す、ほんの数行だった。だがリゼットには、それが大きなことに思えた。物語の側にも、記録を正す人はいる。
院内にも、動きがあった。若い調査官セインは、彼女たちの照合方法を「現場の標準にすべきだ」と内部で提案したという。対してベテランの管理官ドランは、「学生の調査に院の権威を貸すな」と強硬だった。ローランは、その双方の報告に目を通し、どちらの肩も持たず、ただ「試験の結果で判断する」と返していた。
組織は一枚岩ではない。その当たり前のことが、彼女には希望だった。変える余地は、内側にもある。
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