魔力が漏れる体の辺境令嬢は、前世の調合スキルと従兄の溺愛で生きていきます
第三十二章 一人が休めば


その夜、厨房の長い机に、大きな紙が広げられた。
リゼットは真ん中に、四つの言葉を書いた。残響、調律、結縁、領域。
「中核案の根拠は、この四工程を私が一人で連続して扱えるから、でした。……では、分けましょう」
鉛筆が、言葉ごとに線を引いた。
「残響で履歴を読むのは、各節に配置した術者にできます。ユリウス兄様の調査班が、手順を作れます。調律は、ノエルの中継器が担います。彼の装置は、貯めて、調律して、渡す仕組みです。それを大きくすればいい。結縁は、訓練した術者の組で。領域は、各地の保持者が持ち回りで」
「輪番表は、私が作ります」とアデルが言った。「人の負荷には、上限と交代が要ります。……彼女の二の舞は、誰にもさせません」
言葉だけでは終わらなかった。セドリックが、模型を持ってきた。巡環網の縮尺模型、水路に色水を流す、あの実演用のものだ。今度は中央の汲み上げを外し、四か所に小さな手押しの汲み手を付けた。四人がそれぞれ、自分の分だけを汲む。最初は息が合わず、水位は揺れた。やがて、アデルの読み上げる合図に合わせると、流れは中核のときより緩やかに、けれど途切れずに巡った。
「……回りましたね」とセドリックが言った。
「回りました」とリゼットは言った。「ゆっくりで、十分です」
計画は、その夜、言葉の前に、水で証明されていた。
同じ頃、辺境では父の主催する寄り合いが開かれていた。村々の代表を前に、父は中核案への家の回答を、短く告げた。「娘を、国の部品として差し出すつもりはない。ただし、領は責任から逃げない。別の形を、こちらから出す」。母はその場で、村の女たちと手紙の代筆所を開いた。請願に添える、村人一人ひとりの言葉を集めるためだった。計画は、王都の厨房と、辺境の食卓の、両方で生まれていた。
「費用は、高いですよ」とミレイユが言った。「でも、中核の医療棟を十年維持するよりは、安くつきます。その計算も、付けましょう」
中継器の大きさをめぐっては、ノエルとセドリックが夜中まで揉めた。大きくすれば効率は上がるが、壊れたときの影響も大きい。「小さく、数多く」が彼女たちの答えだった。一つが止まっても、全体は止まらない。中核案への反論は、装置の設計思想にも、そのまま表れていた。
決定的な裏付けを持ってきたのは、ユリウスだった。
「古文書で見つけた。巡環網は、作られた当初は、各地の術者が分担して運用する設計だったんだ。中央集権化は、改修の過程で進んだ。――つまり君の案は、新発明じゃない。原設計への、回帰だ」
夜更けに、アルベールからの書状が届いた。辺境侯家は、現地の施設と人員と費用の分担を申し出る。条件として、運用の記録の公開と、地方の発言権を求める。交渉の骨格が、そこにあった。
夜の更ける頃、リゼットは十五分だけ、机に伏して休むことにした。自分の決めた中断だった。クロードは黙って、子どもの頃からの見慣れた砂時計を、彼女の傍らに置いた。合図も、言葉もなかった。砂が落ちきる音で目を開けると、温かい茶が、湯気の立つ位置に置かれていた。彼はもう、元の席で記録を続けていた。何事もなかったように。――その「何事もなさ」が、彼女には一番、効いた。
夜の半ば、ミレイユと寮の仲間が、夜食の汁物と握り飯を運んできた。誰も計画の話はしなかった。ただ、冷めた手を温めさせ、食べさせ、帰っていった。計画書の隅には、その汁物の染みが残った。アデルは清書の際、染みのある原稿のほうを捨てずに言った。「これは、作った夜の証拠です。原本は、こちらで保管します」
明け方、計画書の表紙に、リゼットは題を書いた。
『分散還流計画』
写しは、アデルがその場で三部作った。一部は父への送付用、一部は院への提出用、そして原本は、染みのあるまま研究会の棚へ。「原本は、作られた夜の形で残します。写しは、使うために」。文書にも、原本と写しの役割があることを、彼女たちは知っていた。
窓の外が白み始めていた。彼女は冷めた茶を飲み、ふと、学園祭の朝を思い出した。自分が休んでいる間も、店は続いていた。あの小さな成功が、今、国の仕組みの話になっている。
「私は、故郷を助けたいです」
傍らで記録を整理していたクロードに、彼女は言った。
「でも、部品にはなりません。別のやり方で、助けます」
「ああ」
クロードは、短く頷いた。
「それでいい。……君は、ずっとそうやって生きてきた」
計画書の医療の附属には、クロードの名が「本人の主治医」として記された。中核案の側が用意した「供給者」という肩書きではなかった。計画の側でも、彼の席は、彼の選んだ名で置かれたのだった。
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