恋の花火がきえる時。
「おはよう」

 理紗が恐る恐る声をかける。

「遅い」

「まだ約束の時間前だよ?」

「……そうだったか」

 光輝は昨日と同じ返事をした。

 その瞬間、理紗の胸がいっぱいになる。

「今日も、来てくれたんだね」

「約束しただろ」

「約束?」

「毎日、一緒に帰るって」

「それ、帰り道の約束だよ?」

「朝も一緒でいいだろ」

 光輝はそれだけ言って歩き出した。

 理紗は慌てて、その隣に並ぶ。

「昨日のこと……」

「何」

「怒ってる?」

「怒ってる」

 光輝は即答した。

「やっぱり……」

「でも、おまえにじゃない」

「昨日も同じこと言ってたね」

「じゃあ、覚えとけ」

 ぶっきらぼうな言い方だった。

 理紗は俯きながら歩く。

「ごめんね」

「謝るな」

「でも、ずっと隠してたし……」

「だから、謝るなって」

 光輝は立ち止まり、理紗の前に回った。

「病気のことを隠してたからって、おまえが悪いわけじゃない」

「……本当に?」

「ああ」

「じゃあ、どうして怒ってるの?」

 光輝は少し黙った。

 朝の風が、ふたりの間を通り抜ける。

「怖かったから」

「え?」

「昨日、おまえが倒れそうになったとき……何もできなかった」

 光輝は拳を握った。

「俺がもっと早く気づいてたらって思った」

「光輝のせいじゃないよ」

「分かってる」

「じゃあ……」

「分かってるけど、悔しいんだよ」

 その声は、いつもの光輝よりずっと弱かった。

 理紗は、彼の袖をそっとつまむ。

「光輝は、ちゃんと助けてくれたよ」

「……」

「薬も見つけてくれたし、傘も持ってくれたし、家まで一緒に帰ってくれた」

「それくらい普通だろ」

「普通じゃないよ」

 理紗は笑った。

「私にとっては、光輝がそばにいてくれることが一番安心するの」

 光輝が顔を上げる。

 理紗は、少し恥ずかしそうに続けた。

「だから、昨日も怖くなかった」

「……本当に?」

「うん」

「苦しかったのに?」

「苦しかったけど、光輝がいたから」

 光輝は、何も言わなかった。

 ただ、理紗の手から鞄を取り上げる。

「あっ、自分で持てるよ」

「知ってる」

「じゃあ、返して」

「嫌だ」

「どうして?」

「今日は俺が持つ」

「でも、重いよ?」

「おまえよりは重くない」

「それ、どういう意味?」

「そのままの意味」

 理紗は頬を膨らませた。

「光輝って、たまに失礼だよね」

「たまにじゃない」

「自分で言うんだ……」

 光輝が先に歩き出す。

 理紗はその隣を歩きながら、何度も彼の横顔を見た。

 いつも通りの不機嫌そうな顔。
 いつも通りのぶっきらぼうな態度。

 でも、昨日までとは少し違う。

 光輝は、理紗の歩く速さに合わせている。
 信号が変わると、先に渡らずに待っている。
 階段では、さりげなく一段下を歩いている。

「光輝」

「何」

「もしかして、私のことすごく心配してる?」

「……してない」

「してるよね?」

「してない」

「じゃあ、どうして鞄を持ってくれてるの?」

「持ちたいから」

「どうして階段で後ろにいるの?」

「おまえが落ちそうだから」

「それ、心配してるってことだよ」

「違う」

「じゃあ、何?」

「……監視」

「監視!?」

 理紗が目を丸くする。

 光輝はほんの少しだけ口元を緩めた。

「冗談だ」

「光輝が冗談言った!」

「言ってない」

「今のは絶対言ったよ!」

 理紗が笑う。

 その笑い声を聞いて、光輝はようやく少しだけ肩の力を抜いた。

 学校に着くと、昇降口には美咲が立っていた。

「おはよう、理紗……って、あれ?」

 美咲は光輝が持っている鞄を見た。

「近藤くん、理紗の鞄持ってるの?」

「こいつが持てないって言うから」

「言ってないよ?」

「黙ってろ」

「理紗、昨日何かあった?」

 美咲が心配そうに尋ねる。

 理紗は一瞬だけ言葉に詰まった。

 けれど、光輝が横から口を挟む。

「少し疲れてただけだ」

「近藤くんが答えるんだ?」

「こいつは説明が下手だから」

「ひどい!」

 理紗が光輝の腕を軽く叩く。

 美咲はふたりを見比べて、にっこり笑った。

「やっぱり仲良しだね」

「幼なじみだから!」

 理紗が答える。

 光輝は何も言わず、理紗の鞄を机の横に掛けた。
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