恋の花火がきえる時。
翌朝。

 光輝はいつもより早く家を出た。

 理紗の家の前に着くと、門の向こうから慌ただしい足音が聞こえてくる。

「光輝、おはよう!」

 理紗が髪を揺らしながら駆けてきた。

 けれど、玄関を出たところで足を止める。

「……あっ」

 理紗の顔が、一気に赤くなった。

 昨日のことを思い出したのだろう。

 光輝も、何と声をかければいいのか分からなかった。

「おはよう」

「う、うん。おはよう……」

「行くぞ」

「えっ、あの……」

「遅れる」

 光輝が歩き出すと、理紗は慌てて追いかけてきた。

 しばらく、ふたりの間に沈黙が続く。

 昨日までなら、理紗がすぐに話しかけてきた。
 けれど今日は、何度も口を開きかけては閉じている。

「……理紗」

「な、なに?」

「歩きにくい」

「え?」

「さっきから、俺のほうばかり見てる」

「見てないよ!」

「見てた」

「見てないってば!」

 理紗は慌てて前を向く。

 耳まで赤くなっている。

 光輝は、思わず口元を緩めた。

「……何笑ってるの?」

「別に」

「またそれ!」

 理紗が頬を膨らませる。

 そのいつも通りの反応に、光輝は少しだけ安心した。

 けれど、理紗は歩きながら小さな声で呟いた。

「昨日のこと、本当に後悔してない?」

「何を」

「その……私に、好きって言ったこと」

 光輝は足を止めた。

 理紗も、数歩先で立ち止まる。

「後悔する理由がない」

「でも、私……」

「何」

「光輝のこと、ちゃんと好きかどうか、まだ分からないの」

 理紗は申し訳なさそうに俯いた。

「光輝は大切だし、一緒にいたい。でも、これが恋なのかは……」

「分からなくていい」

 光輝は静かに言った。

「今すぐ答えを出せなんて言ってない」

「でも……」

「俺が勝手に言っただけだ」

 光輝は理紗の頭に、そっと手を置いた。

「だから、おまえは今まで通りでいい」

「今まで通り?」

「ああ。笑って、騒いで、迷子になって、俺に迷惑をかけろ」

「迷子にはならないよ!」

「昨日、図書室の前で逆方向に歩いてただろ」

「あれは……ちょっと間違えただけ!」

 理紗が口を尖らせる。

 光輝は、そんな理紗を見つめた。

 好きになってくれなくてもいい。

 ただ、理紗が笑ってくれるなら。
 自分の隣にいてくれるなら。

 それだけでいいと思った。

 ……本当は、それだけでは足りないのに。

「光輝」

 理紗が、そっと彼の袖をつまむ。

「私、光輝のことをもっと知りたい」

「俺を?」

「うん。好きかどうか分からないけど……光輝がいなくなるのは嫌」

 その言葉に、光輝の胸が締めつけられた。

 まるで、理紗が自分の未来を知っているように聞こえた。

「いなくならない」

 光輝は、反射的に答えた。

「ずっと隣にいる」

 理紗が顔を上げる。

「本当?」

「ああ」

 約束の言葉が、喉に引っかかる。

 本当は分からない。
 ずっとなんて、言い切れない。

 それでも光輝は、理紗を安心させるために笑った。

「俺は、しぶといからな」

「うん。光輝は強いもんね」

 理紗は嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見た瞬間、光輝は思った。

 自分がどうなっても、理紗だけは助けたい。

 理紗が生きていける未来を、守りたい。

 教室に着くと、美咲がすぐに駆け寄ってきた。

「理紗! 昨日、近藤くんと帰ったよね?」

「う、うん」

「何かあった?」

「えっと……」

 理紗が光輝を見る。

 光輝は、何も言わずに視線を逸らした。

「何もないよ」

「本当に?」

「本当に」

 理紗が答える。

 美咲は光輝を見て、にやりと笑った。

「近藤くん、なんか機嫌よくない?」

「元から」

「それ、機嫌がいい人の返しじゃないよ」

「うるさい」

 美咲が笑い、理紗もつられて笑う。

 その声を聞きながら、光輝は窓の外を見た。

 春の空は青く、桜は少しずつ散り始めている。

 散っていく花びらを見て、光輝はふと考えた。

 人は、いつか消える。

 花も、季節も、命も。

 それでも、今ここにある幸せは確かだった。

 理紗が笑っている。
 自分の隣にいる。
 昨日より少しだけ、距離が近くなった。

 だから光輝は、その幸せを胸に刻むように目を閉じた。

「光輝、授業始まるよ」

 理紗の声がする。

「ああ」

「またぼーっとしてたでしょ?」

「してない」

「してたよ」

「してない」

 いつものやり取り。

 いつもの朝。

 光輝は席に座り、理紗の背中を見つめる。

 理紗はまだ知らない。

 光輝が、今日という一日を、何より大切に抱きしめていることを。

 そして光輝も、まだ知らなかった。

 この恋が、いつか理紗の命を救うための、最後の決断につながることを。
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