私を選ぶまで
それ以来、私は就職のことで悩み続け、募集期間の短い本屋に応募してみた。給料面も悪くないし、家からも近くて通いやすく、落ち着いて働けそうだと思った。
一次審査の結果は一週間後で、それまでに服を揃えようと、ファッション店に向かった。
そこで自分の好きな物を選ぶと、女子というよりは男子寄りの系統だった。色は白黒が多く、スカートは一着もなかったけど、十分な買い物が出来たことに口元が綻んだ。
香水は柑橘系の物に変え、化粧品は低価格で揃えて、ドレッサーに並べた。見栄えはしなくても、部屋を見渡せば自分を取り戻したように感じた。
そのまま日々は変わらず過ぎて行き、審査の結果は合格だった。
新たな生活の始まりを前に、あの店に行くことを思い付き、足を運んで行った。
店先の窓を軽く眺めると、彼がピアノを弾いているようで、彼女は近くの席で本を読んでいた。
穏やかな雰囲気の中で、彼女が本を閉じると、少し姿勢を正して彼へ視線を向けた。
しゃんとした背中や佇まいが綺麗に見え、私はその姿を憧れの目で見ていた。
彼女は気が強いのではなく、意思が固いことを知った。
そんな人を選んだ彼を奪うなんて考えた自分が恥ずかしくなり、店には入らずに踵を返して街へ向かった。
まだ冬の風が吹く大通りは寒く、地下鉄の構内へ入って行くと、併設されたショーウィンドウの前で足を止めた。
春の装いを眺めながら、ふと自分の姿を目にした時、切ったばかりの髪が、やけに大人びて見えた。
そこから地下鉄に乗り、家まで向かう途中で、就職予定の本屋に立ち寄った。
店の中を歩いていると、小説のコーナーで、背が高くて少し肩幅のある男性が本を整理していた。
色の抜けた髪は短くて、緩やかなパーマが掛かり、眉毛と目元は涼やかで、真っ直ぐな口元が印象的だった。
白いセーターからオレンジ色の襟が見え、パンツは生成りのコーデュロイを履いていた。
一目で女性から持て囃されそうだと思い、溜息を吐いて通り過ぎた時だった。
「小山、さん?」
聞き覚えのある声に振り向くと、男性が口角を上げ、私を見ながら言った。
「楠木……覚えてる?」
戸惑うような口調に、懐かしさが込み上げ、頷いて見せると、楠木は笑みを浮かべた。
あの頃とは違う自分で居ることが気まずくなり、何を言えばいいのか分からなくなった。
だけど、楠木は表情を崩さず、私を見たまま言った。
「変わってないね。湖依里はカッコいいほうが似合ってる」
「ありがとう。そう言ってくれるの楠木くんだけだよ」
それは、初めて素直に言えた瞬間だった。
ー完結。
一次審査の結果は一週間後で、それまでに服を揃えようと、ファッション店に向かった。
そこで自分の好きな物を選ぶと、女子というよりは男子寄りの系統だった。色は白黒が多く、スカートは一着もなかったけど、十分な買い物が出来たことに口元が綻んだ。
香水は柑橘系の物に変え、化粧品は低価格で揃えて、ドレッサーに並べた。見栄えはしなくても、部屋を見渡せば自分を取り戻したように感じた。
そのまま日々は変わらず過ぎて行き、審査の結果は合格だった。
新たな生活の始まりを前に、あの店に行くことを思い付き、足を運んで行った。
店先の窓を軽く眺めると、彼がピアノを弾いているようで、彼女は近くの席で本を読んでいた。
穏やかな雰囲気の中で、彼女が本を閉じると、少し姿勢を正して彼へ視線を向けた。
しゃんとした背中や佇まいが綺麗に見え、私はその姿を憧れの目で見ていた。
彼女は気が強いのではなく、意思が固いことを知った。
そんな人を選んだ彼を奪うなんて考えた自分が恥ずかしくなり、店には入らずに踵を返して街へ向かった。
まだ冬の風が吹く大通りは寒く、地下鉄の構内へ入って行くと、併設されたショーウィンドウの前で足を止めた。
春の装いを眺めながら、ふと自分の姿を目にした時、切ったばかりの髪が、やけに大人びて見えた。
そこから地下鉄に乗り、家まで向かう途中で、就職予定の本屋に立ち寄った。
店の中を歩いていると、小説のコーナーで、背が高くて少し肩幅のある男性が本を整理していた。
色の抜けた髪は短くて、緩やかなパーマが掛かり、眉毛と目元は涼やかで、真っ直ぐな口元が印象的だった。
白いセーターからオレンジ色の襟が見え、パンツは生成りのコーデュロイを履いていた。
一目で女性から持て囃されそうだと思い、溜息を吐いて通り過ぎた時だった。
「小山、さん?」
聞き覚えのある声に振り向くと、男性が口角を上げ、私を見ながら言った。
「楠木……覚えてる?」
戸惑うような口調に、懐かしさが込み上げ、頷いて見せると、楠木は笑みを浮かべた。
あの頃とは違う自分で居ることが気まずくなり、何を言えばいいのか分からなくなった。
だけど、楠木は表情を崩さず、私を見たまま言った。
「変わってないね。湖依里はカッコいいほうが似合ってる」
「ありがとう。そう言ってくれるの楠木くんだけだよ」
それは、初めて素直に言えた瞬間だった。
ー完結。


