私を選ぶまで
 美智は四人がけのテーブル席へ行こうとしたけど、私は敢えてカウンター席を選び、中央から二つ空けた右端の席へ腰掛けた。

 すると、美智は迷いもなく中央の席に腰掛け、「ソルティドッグで」と男に告げ、携帯を取り出した。そして画面を軽く見ながら、「やっぱいいです」と席を立ち、私のほうに近づき、耳打ちをした。

「ごめん、彼氏が会いたいって言うから、帰るね」そう言うなり、身体を出入口に向け、楽しげな足取りで出て行った。

 呆気に取られながらも前を向き、男を見つめたまま口を開いた。

「このお店のお勧めお願いします」

「酒と珈琲、どっちにしますか」

 男は平坦な声で私に言うと、そのままカウンターの右端に行き、古いレコードプレイヤーに手を掛けた。

 右手でレコードに丁寧に手を添えてから、左手で慎重に針を落とすと、ゆっくりと手が離れていった。その薬指には真新しい指輪が見え、男の身なりや振る舞いから女避けのものだと察した。

 すかさず私は「マスターのお勧めでお願いします」と柔らかく告げ、あまり場馴れしてない人を装い、軽く笑みを繕った。

 だけど、男はレコードプレイヤーの前に立ったままで、煙草を取り出してくわえ、火を点けてから吐き出した。

「この店は全部お勧めだけど、どうしますか」

 淡々とした口調には煙が混ざり、眉の皺が少し深く見えた。そこには色気が漂い、煙草を持つ手も綺麗で、指も長く、微かに開いた唇が奪いたくなる衝動を掻き立てた。

 そこで男を軽く見てから、昼間向けの女に切り替えた。

「じゃあ、珈琲でお願いします」

 軽やかに言ってみると、男は僅かに頷き、道具を用意しながら、丁寧に珈琲を作り始めた。

 その手さばきや珈琲を眺めている表情さえも、追い続けているうちに、一目惚れしたことに気が付いた。

私が見ていても、男は表情どころか目も向けず、珈琲をカップに注ぐと、そのまま私の手の届く距離で、静かに置いた。

「お待たせしました」

「ありがとうございます。いい香りですね」

珈琲のことは何も知らないのに言って、口に含んでから、すぐにカップを離した。

お酒のほうが、男にも勧めてもらえて、気も緩ませられたかもしれないと、後悔も早々に切り上げ、男の様子を見ていた。
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