崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
「……あーっ、みぃつけたぁ! 役立たずのおばさん魔女!」
調べ物のために書庫に向かおうとしたミランダの背中に、きんきんとした声が突き刺さった。
(げっ。またこの人は……)
正直振り向きたくはないが、ここで無視すれば後で数十倍返しされるのはわかっているので、渋々足を止めて振り返った。
「これは……ヴィヴィアン様。ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう、おばさ――じゃなくて、魔術師団員さん!」
やだ、言い間違えちゃった、とばかりに舌を出すのは、淡いピンク色のドレス姿の美少女だった。金色の巻き毛を背中に垂らしており、紫色の目元は色っぽく垂れて甘いメイクも施されている。
彼女は、現宰相の娘であるヴィヴィアン。年齢は確か十七かそこらだったと思うが、年のわりに若干舌っ足らずで頭の足りてなさそうな話し方をするのが特徴だ。
多くの国民が重税に苦しむ今の帝国で、こんなに豪華な装いができるのはほんの一握りの――皇帝のお気に入りだけだ。
彼女の父である宰相は前皇帝の時代にはただのいち貴族で、密かに支援していた皇弟が即位したことで宰相に任命され、皇帝の採決にハイハイと言って下々に命じるだけの簡単なお仕事をしているそうだ。
そんな宰相の一人娘であるヴィヴィアンは、今こそ我が人生の春とばかりに大手を振って歩いている。現皇帝の子どもはまだ幼いし皇妃はずっと前に亡くなっているので、今の帝国で最も勢いのある令嬢がヴィヴィアンと言ってもいいだろう。
……そんなヴィヴィアンは、ことあるごとにミランダに突っかかり、敵視し、いちゃもんをつけてくる。
「ねえねえ、おば――魔術師団員さんって、なんでそんなに汚い格好をしているの? それでも一応、女でしょう? 恥ずかしくないの?」
ヴィヴィアンはわざわざミランダのもとまで来て、それから「臭っ!」みたいな仕草をする。
確かに以前よりは身なりが粗末になったが、それでも最低限の身だしなみは整えている。髪も手入れをする時間がないだけで毎日洗っているし、幸い自分には水を生み出し温める魔力があるので、温かい風呂にも毎日入っている。服もよれているが洗濯しているので、臭くないのは確かだ。
(この人、シリル殿下に懸想しているのよね……)
わざわざミランダを探しては難癖をつける理由は、つい最近わかった。
どうやらヴィヴィアンは『留学』していた頃からシリル――シーグに目をつけており、そんな彼と親しくするミランダに嫉妬していたそうだ。
嫉妬もなにも、ミランダはただの世話係なのだからヴィヴィアンがシーグに果敢にアタックすればよかった。
だが当時のヴィヴィアンはシーグが王子だとは知らなかったので、「顔はいいけれど、わざわざアタックするような価値はない」と判断していたという。そんなシーグがリドベキア王子だと知ると彼女は地団駄を踏んで悔しがり、ミランダに八つ当たりをするようになったのだという。
そして宰相令嬢となった今、彼女を止められる者はいない。ヴィヴィアンの悪行の被害者は少なくないが、ミランダに当たっている間は自分に矛先が向くことはないからと、放っておかれているのが現状だった。
「……私のような下賎な者は、宰相令嬢とお話しするのも畏れ多いことでございます」
「ええっ、そんなことないわ! わたくし、あなたとお友だちになりたいと思っているの。それなのに、突っぱねられるなんて……悲しいわ……」
ヴィヴィアンはそう言いながら、目をかっぴらいている。そうしていると乾いた眼球を潤すために涙が溢れ、彼女はそれを上品に拭った。
傍目から見ると、身分の低い魔術師にいじめられる宰相令嬢、の図になっているのかもしれない。
(お友だちになりたい人のことをおばさんと言うのは、やめたほうがいいわよ)
本人にはとても言えないので心の中だけで忠告してから、ミランダは頭を下げた。
「私には身に余ることでございます。……では、ヴィヴィアン様のお時間をお取りするのも申し訳ないので、これで」
「ああっ、ひどいわ、おばさ――魔術師団員さん!」
周りの同情を誘うかのように悲しげな声で言うが、まずはミランダの名前を覚えてから茶番を始めてほしい。
ミランダからすると寒々しい演技だが、宰相令嬢にお近づきになりたい人はたくさんいる。
案の定、周りで様子を見ていた若い貴族の男性たちが今だとばかりにヴィヴィアンを取り囲み、「宰相令嬢、どうか気を落とされず!」「あんな年増の言うことなんて信じなくていいのです!」と聞こえよがしに慰めているが……非常に馬鹿馬鹿しい。
(『留学』期間中にシリル殿下を落とせなかった腹いせを、私にしないでほしいわ)
幸い、宰相は娘の乱痴気騒ぎよりも皇帝に擦り寄るほうが大切らしいので、少々ヴィヴィアンに対して雑に振る舞っても宰相から叱責が下ることはない。
だからミランダもヴィヴィアンに絡まれたら適当にいなしているのだが、自分の地位向上のために『あれ』にべったりになる貴公子たちの気持ちが、全然わからない。
(あんなのだったら、シリル殿下に相手にされるはずもないわ)
調べ物のために書庫に向かおうとしたミランダの背中に、きんきんとした声が突き刺さった。
(げっ。またこの人は……)
正直振り向きたくはないが、ここで無視すれば後で数十倍返しされるのはわかっているので、渋々足を止めて振り返った。
「これは……ヴィヴィアン様。ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう、おばさ――じゃなくて、魔術師団員さん!」
やだ、言い間違えちゃった、とばかりに舌を出すのは、淡いピンク色のドレス姿の美少女だった。金色の巻き毛を背中に垂らしており、紫色の目元は色っぽく垂れて甘いメイクも施されている。
彼女は、現宰相の娘であるヴィヴィアン。年齢は確か十七かそこらだったと思うが、年のわりに若干舌っ足らずで頭の足りてなさそうな話し方をするのが特徴だ。
多くの国民が重税に苦しむ今の帝国で、こんなに豪華な装いができるのはほんの一握りの――皇帝のお気に入りだけだ。
彼女の父である宰相は前皇帝の時代にはただのいち貴族で、密かに支援していた皇弟が即位したことで宰相に任命され、皇帝の採決にハイハイと言って下々に命じるだけの簡単なお仕事をしているそうだ。
そんな宰相の一人娘であるヴィヴィアンは、今こそ我が人生の春とばかりに大手を振って歩いている。現皇帝の子どもはまだ幼いし皇妃はずっと前に亡くなっているので、今の帝国で最も勢いのある令嬢がヴィヴィアンと言ってもいいだろう。
……そんなヴィヴィアンは、ことあるごとにミランダに突っかかり、敵視し、いちゃもんをつけてくる。
「ねえねえ、おば――魔術師団員さんって、なんでそんなに汚い格好をしているの? それでも一応、女でしょう? 恥ずかしくないの?」
ヴィヴィアンはわざわざミランダのもとまで来て、それから「臭っ!」みたいな仕草をする。
確かに以前よりは身なりが粗末になったが、それでも最低限の身だしなみは整えている。髪も手入れをする時間がないだけで毎日洗っているし、幸い自分には水を生み出し温める魔力があるので、温かい風呂にも毎日入っている。服もよれているが洗濯しているので、臭くないのは確かだ。
(この人、シリル殿下に懸想しているのよね……)
わざわざミランダを探しては難癖をつける理由は、つい最近わかった。
どうやらヴィヴィアンは『留学』していた頃からシリル――シーグに目をつけており、そんな彼と親しくするミランダに嫉妬していたそうだ。
嫉妬もなにも、ミランダはただの世話係なのだからヴィヴィアンがシーグに果敢にアタックすればよかった。
だが当時のヴィヴィアンはシーグが王子だとは知らなかったので、「顔はいいけれど、わざわざアタックするような価値はない」と判断していたという。そんなシーグがリドベキア王子だと知ると彼女は地団駄を踏んで悔しがり、ミランダに八つ当たりをするようになったのだという。
そして宰相令嬢となった今、彼女を止められる者はいない。ヴィヴィアンの悪行の被害者は少なくないが、ミランダに当たっている間は自分に矛先が向くことはないからと、放っておかれているのが現状だった。
「……私のような下賎な者は、宰相令嬢とお話しするのも畏れ多いことでございます」
「ええっ、そんなことないわ! わたくし、あなたとお友だちになりたいと思っているの。それなのに、突っぱねられるなんて……悲しいわ……」
ヴィヴィアンはそう言いながら、目をかっぴらいている。そうしていると乾いた眼球を潤すために涙が溢れ、彼女はそれを上品に拭った。
傍目から見ると、身分の低い魔術師にいじめられる宰相令嬢、の図になっているのかもしれない。
(お友だちになりたい人のことをおばさんと言うのは、やめたほうがいいわよ)
本人にはとても言えないので心の中だけで忠告してから、ミランダは頭を下げた。
「私には身に余ることでございます。……では、ヴィヴィアン様のお時間をお取りするのも申し訳ないので、これで」
「ああっ、ひどいわ、おばさ――魔術師団員さん!」
周りの同情を誘うかのように悲しげな声で言うが、まずはミランダの名前を覚えてから茶番を始めてほしい。
ミランダからすると寒々しい演技だが、宰相令嬢にお近づきになりたい人はたくさんいる。
案の定、周りで様子を見ていた若い貴族の男性たちが今だとばかりにヴィヴィアンを取り囲み、「宰相令嬢、どうか気を落とされず!」「あんな年増の言うことなんて信じなくていいのです!」と聞こえよがしに慰めているが……非常に馬鹿馬鹿しい。
(『留学』期間中にシリル殿下を落とせなかった腹いせを、私にしないでほしいわ)
幸い、宰相は娘の乱痴気騒ぎよりも皇帝に擦り寄るほうが大切らしいので、少々ヴィヴィアンに対して雑に振る舞っても宰相から叱責が下ることはない。
だからミランダもヴィヴィアンに絡まれたら適当にいなしているのだが、自分の地位向上のために『あれ』にべったりになる貴公子たちの気持ちが、全然わからない。
(あんなのだったら、シリル殿下に相手にされるはずもないわ)