崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
(とうとう皇帝は、王国にも魔の手を伸ばしている……)

 かつてシリルと一緒に勉強していた授業部屋にて、ミランダはため息をついて髪をぐしゃぐしゃに握った。
 昔はきちんと手入れをしていた栗色の髪も、身だしなみを整える余裕も十分な給金もない今は枝毛だらけのぼさぼさで、女らしさのかけらもなかった。

 近隣諸国に侵略戦争を仕かける皇帝はついに、北の国境を越えた先にあるリドベキア王国にも狙いを定めた。既に近くの小国家は手中に収めており、いよいよ大陸でも帝国に次ぐ領土を持つ王国への進軍を決めたのだ。

 もはや今の帝国軍に、皇帝に意見できる者なんていない。そんな者たちは既に追放されるか処刑されるかしており、皇帝におもねってばかりの宰相や人の血に飢えている騎士団長、金さえあればそれでいい内務卿などしかいない会議の場に、まともな神経を持つ者が加われるはずがなかった。

 前皇帝の穏やかな統治の陰で、密かにその命を狙っていた者たち。前皇帝の死が本当に病気だったのか、それとも暗殺だったのか。

 何にしても彼の死を皮切りに、帝国は悪しき心を持つ者たちに乗っ取られてしまった。皇帝だけでなく、宰相や騎士団長などの名臣たちが一気に失われたというのが決定打となったのだろう。

(でも、リドベキアを襲うなんて! あそこには、シリル殿下が……)

『帝国に負けず劣らず美しいリドベキアを……見てほしい』

 二年前、彼はそう言ってミランダに別れを告げた。

 シリルの故郷である、リドベキア王国。ミランダは噂に聞くだけだが、メルデ帝国よりも気候が穏やかで一年を通して花が咲き乱れているというリドベキアの大地が、帝国の無情な炎によって焼き尽くされてしまう。

(そんなの、絶対にだめ……!)

 ミランダは、立ち上がった。シリルと過ごした優しい空間を後にして、しっかりと鍵をかける。
 そうして、歩きだしたのだが――
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