崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
(本当に、私の能力って軽んじられているわよね)

 ミランダは壁伝いに移動し、書庫と壁一枚を隔てた場所で壁に寄りかかった。そうして魔術を展開し、薄い壁の向こうに自分の『耳』を伸ばしていく。

 魔術は、さまざまなことを行える。火を熾す、水を生み出す、風を起こすように『わかりやすい』ものもあれば、今ミランダがやっているように視覚ではわかりにくいことをすることもできる。

 昔、シリルが帝国にいた頃。彼と一緒に魔術で伝言ゲームをしたり、遠くのものを見たりして遊んだ。
 魔術師ではない彼は、ミランダが壁の向こうに置いているものを当てたり遠くの音を聞いたりするのを知って、「隠密活動に向いているな」と言っていたものだ。

(正直これは盗聴だから、悪用するつもりはないけれど……今はもしかしたら、不審者が中にいるかもしれないし)

 そういうことで壁に寄りかかって書庫内の気配を探っていると、男性たちの声が聞こえてきた。どうやら鍵をかけた書庫にこもり、秘密の話をしているようだが――

(……これ、宰相の声だわ!)

 声は複数人分聞こえるが、そのひとつはあの役に立たない宰相のものだった。
 どうせまた、皇帝に渡す袖の下の額の話でもしているのだろう……と思って盗聴をやめようと思ったミランダだったが。

「……だ。シリル王子は、南の駐屯地にいる」
「好都合だ。騎士団からはぐれたところに、毒矢を射かければ……」

(……なに!?)

 壁から離れそうになっていたミランダは慌てて元の位置に戻り、どくどくと鳴り始めた心臓を抱えて書庫内の会話に集中する。

(シリル王子に、毒矢……!? まさか……!?)

「毒の手配は?」
「既に完了し、駐屯地に送っております」
「よかろう。王国の技術では得られぬ種類の毒であれば、シリル王子の暗殺は成功だ。あの気丈な女王も、一人息子が死ねば動揺するに違いない」
「そこを、一気に叩くと?」
「ああ。王子を殺して国境を突破し、王都に攻め込む。うまくいけば、一ヶ月のうちに皇帝陛下にリドベキア領を献上できるであろう!」

 がはは、と宰相が下品に笑うのを、壁越しのミランダは震えながら聞いていた。

(シリル殿下が、暗殺される……? 毒は、既に送られている……)

 宰相によるシリルの暗殺計画は、既に動いている。シリルは今、王国南の駐屯地にいて、帝国軍はシリルたちを急襲しようとしている。

 王国軍は精強だと、シリルが言っていた。だが急襲に加えて毒矢となると、騎士団でも対処しきれない。ましてやそれが、帝国でしか作られない種類の毒だとしたら……。

(殿下が、危ない……!)

 居ても立ってもいられなかった。
 シリルは無事だろうか、自分には何ができるだろうか、と悩んでいたときとは、違う。今、ミランダがするべきことは間違いなく、存在する。
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