崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
ひょんなことから謎の留学生・シーグの魔術教師兼世話係になったミランダだったが、彼と過ごす日々は案外穏やかなものだった。
「えっ、シーグは魔力を持っていないの?」
「……うん」
シーグと話をしていたミランダは驚いた。
せっかく魔術の先生になったのだから自分の知っていることをあれこれ教えようとしたのに、どうも彼はピンときていない様子だった。だから尋ねたところ、なんと彼にはそもそも魔術師の適性がないのだそうだ。
人は生まれたときに、魔力と『祝福印』を授かる。魔力が一定以上あると魔術を使用して、生活に役立てたり軍に加わって国のために戦ったりすることができる。また各国には魔術師の部隊があり、ここメルデ帝国だと帝国魔術師団に入るのが皆の憧れだった。
「そんな……どうしよう。私、魔力を持たない人にはうまく説明できないわ」
せっかくたくさんの魔術書を集めて勉強部屋に持ってきたのに、と頭を抱えるミランダに、シーグが気遣わしげに声をかけた。
「うん、だから僕には、魔術がどんなものかだけ教えてくれればいいんだ。僕は剣術とかが得意なんだけど、宰相閣下がせっかく帝国に来たんだから専門外のこともたくさん学べばいいと言って」
(つまり、基礎教養の一環だったのね)
だから魔術師団長も「なんとかなるから大丈夫」と言っていたのか、とミランダは肩の力を抜いた。
「それじゃあ、魔術の勉強もしつつおしゃべりをしましょうか。シーグは何か、魔術について気になることはある?」
「リドベキアにはあまり魔術師がいないから、僕はそもそも魔術がどんなものかわからない。ミランダはどういうふうに、魔術師になったんだ?」
ミランダに促されたシーグは、早速質問をしてくれた。
初対面では無表情で無口だった彼だが、数日もすれば普通に会話ができるようになった。だが魔術師団長曰く、大人に対してはまだ口数が少ないらしく、ミランダのような若者をそばに置いて正解だったと思われているようだ。
「私は、帝国の隅っこにある小さな町で生まれたの。小さな町だけど、そこにある教会にはちゃんと魔術測定用の部屋もあったわ」
帝国も王国もほぼ同じだが、大規模な国だと主要な町には魔力測定を行うための機関が設けられている。その多くは教会の神官が測定の担当しており、子どもが生まれたら魔力と『祝福印』を調べるために測定機関に連れて行かれることになっている。
「そこで私は、平均以上の魔力と【氷】の『祝福印』があることがわかったの……あっ、シーグも『祝福印』はわかるわよね?」
「……。……うん。僕の『祝福印』は、【炎】だった」
シーグは、ゆっくりとうなずいた。
たいていの新生児が魔力と同時に測定される『祝福印』は、神によって与えられた属性のようなものだ。といってもこれが何か大きな影響を与えることはなく、むしろ血縁関係の確定のために使われることが多い。
というのも、『祝福印』はほぼ例外なく遺伝するのだ。両親ともに『祝福印』が【炎】だったら、子どもも絶対に【炎】。【風】と【氷】だったら、どちらかを半分の確率で受け継ぐ。
神が気まぐれで与えた印ということだが、これがなんの役に立つのか、ミランダはよくわかっていない。ただなんとなく、同じ【氷】の『祝福印』をもつ人とは仲よくなりやすい気がするという程度だ。
(つまり、『祝福印』は私たちにとってはただのおまけで、自分の『祝福印』が何だったか忘れる人さえいるくらいなのよね)
「ということで、私は子どもの頃から将来魔術師になるのだと志したわ」
「ご家族の方は?」
「私はひとりっ子で、両親は……私が十二歳の頃に事故で死んでしまった。でも両親は私のために財産を使うようにと言ってくれて、だから私はそのお金で帝都にある魔道学院に入学したの。そうして今年とうとう魔術師団入団試験に合格した、って感じよ」
ミランダが簡単に身の上話をすると、それを聞いていたシーグがふいに悲しそうな顔になった。
「……そうか。ミランダは、僕よりも小さい頃にご両親を亡くしたんだな。悲しかっただろう?」
「う、うん。最初の数年はたまにぽろっと涙が出たりしたけれど、もう今はだいぶ前を向けるようになったわ」
両親は馬車の事故に遭ったのだが即死ではなくて、ミランダが必死に看病した。その甲斐なく神のもとに行ってしまったが、看病中にたくさん話をして、別れを惜しんで、愛している、大好き、という言葉を交わせたので、それだけで未練は少しだけ減らせられた。
二人とも即死で最期の話もできなかったら、それこそミランダは両親の急死をずっと引きずっていただろう。
それに、魔道学院でも楽しい日々を送ることができた。ミランダは両親の遺産を絶対に無駄にするまいと必死に勉強して、去年首席で卒業できた。魔術師団の入団試験を受ける際にも、魔道学院で首席だったというのはとても有利なカードになったようだった。
「えっ、シーグは魔力を持っていないの?」
「……うん」
シーグと話をしていたミランダは驚いた。
せっかく魔術の先生になったのだから自分の知っていることをあれこれ教えようとしたのに、どうも彼はピンときていない様子だった。だから尋ねたところ、なんと彼にはそもそも魔術師の適性がないのだそうだ。
人は生まれたときに、魔力と『祝福印』を授かる。魔力が一定以上あると魔術を使用して、生活に役立てたり軍に加わって国のために戦ったりすることができる。また各国には魔術師の部隊があり、ここメルデ帝国だと帝国魔術師団に入るのが皆の憧れだった。
「そんな……どうしよう。私、魔力を持たない人にはうまく説明できないわ」
せっかくたくさんの魔術書を集めて勉強部屋に持ってきたのに、と頭を抱えるミランダに、シーグが気遣わしげに声をかけた。
「うん、だから僕には、魔術がどんなものかだけ教えてくれればいいんだ。僕は剣術とかが得意なんだけど、宰相閣下がせっかく帝国に来たんだから専門外のこともたくさん学べばいいと言って」
(つまり、基礎教養の一環だったのね)
だから魔術師団長も「なんとかなるから大丈夫」と言っていたのか、とミランダは肩の力を抜いた。
「それじゃあ、魔術の勉強もしつつおしゃべりをしましょうか。シーグは何か、魔術について気になることはある?」
「リドベキアにはあまり魔術師がいないから、僕はそもそも魔術がどんなものかわからない。ミランダはどういうふうに、魔術師になったんだ?」
ミランダに促されたシーグは、早速質問をしてくれた。
初対面では無表情で無口だった彼だが、数日もすれば普通に会話ができるようになった。だが魔術師団長曰く、大人に対してはまだ口数が少ないらしく、ミランダのような若者をそばに置いて正解だったと思われているようだ。
「私は、帝国の隅っこにある小さな町で生まれたの。小さな町だけど、そこにある教会にはちゃんと魔術測定用の部屋もあったわ」
帝国も王国もほぼ同じだが、大規模な国だと主要な町には魔力測定を行うための機関が設けられている。その多くは教会の神官が測定の担当しており、子どもが生まれたら魔力と『祝福印』を調べるために測定機関に連れて行かれることになっている。
「そこで私は、平均以上の魔力と【氷】の『祝福印』があることがわかったの……あっ、シーグも『祝福印』はわかるわよね?」
「……。……うん。僕の『祝福印』は、【炎】だった」
シーグは、ゆっくりとうなずいた。
たいていの新生児が魔力と同時に測定される『祝福印』は、神によって与えられた属性のようなものだ。といってもこれが何か大きな影響を与えることはなく、むしろ血縁関係の確定のために使われることが多い。
というのも、『祝福印』はほぼ例外なく遺伝するのだ。両親ともに『祝福印』が【炎】だったら、子どもも絶対に【炎】。【風】と【氷】だったら、どちらかを半分の確率で受け継ぐ。
神が気まぐれで与えた印ということだが、これがなんの役に立つのか、ミランダはよくわかっていない。ただなんとなく、同じ【氷】の『祝福印』をもつ人とは仲よくなりやすい気がするという程度だ。
(つまり、『祝福印』は私たちにとってはただのおまけで、自分の『祝福印』が何だったか忘れる人さえいるくらいなのよね)
「ということで、私は子どもの頃から将来魔術師になるのだと志したわ」
「ご家族の方は?」
「私はひとりっ子で、両親は……私が十二歳の頃に事故で死んでしまった。でも両親は私のために財産を使うようにと言ってくれて、だから私はそのお金で帝都にある魔道学院に入学したの。そうして今年とうとう魔術師団入団試験に合格した、って感じよ」
ミランダが簡単に身の上話をすると、それを聞いていたシーグがふいに悲しそうな顔になった。
「……そうか。ミランダは、僕よりも小さい頃にご両親を亡くしたんだな。悲しかっただろう?」
「う、うん。最初の数年はたまにぽろっと涙が出たりしたけれど、もう今はだいぶ前を向けるようになったわ」
両親は馬車の事故に遭ったのだが即死ではなくて、ミランダが必死に看病した。その甲斐なく神のもとに行ってしまったが、看病中にたくさん話をして、別れを惜しんで、愛している、大好き、という言葉を交わせたので、それだけで未練は少しだけ減らせられた。
二人とも即死で最期の話もできなかったら、それこそミランダは両親の急死をずっと引きずっていただろう。
それに、魔道学院でも楽しい日々を送ることができた。ミランダは両親の遺産を絶対に無駄にするまいと必死に勉強して、去年首席で卒業できた。魔術師団の入団試験を受ける際にも、魔道学院で首席だったというのはとても有利なカードになったようだった。