崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
 最初のうちはどこか浮いた存在だったシーグだが、数ヶ月もすれば彼はすっかり帝国の風景に馴染んでいた。

 どうやら彼にはミランダ以外にもいろいろな世話係がいるようで、同じ年頃の少年騎士と剣の稽古をしたり、高齢の研究者と一緒に城の庭の土を掘ったり、はたまた自分より年下の貴族の子どもたちと遊んだりしている姿を見かけた。

 魔術師団長曰く、「せっかくだからいろいろな経験をさせたいと、宰相閣下がお思いのようだ」とのことだった。勉強だけでなく雑用や子どもの世話までさせられる留学生なんて初めて聞くが、シーグの横顔はとても生き生きとしている。

「帝国はいいところだね」
「そうね。それはきっと、皇帝陛下のおかげだわ」

 シーグが来て、半年ほどだったある日。

 帝国は冬真っ盛りで、庭園の池が凍っていた。せっかくだから魔術でスケートをしようとミランダが誘い、二人は防寒着を着込み氷上で体を支えるための木の椅子を抱えて、池に下りた。

 ミランダが風の魔法でサポートすると、シーグは声を上げて喜びながら氷の上を滑った。運動神経のいい彼はすぐにコツを掴んだようで、間もなく椅子の補助なしに滑らかに氷上を滑られるようになったため、ミランダは拍手をしてあげた。

 そうして一通りスケートを楽しんだ後の休憩中にシーグがそんなことを言ったので、彼に温かい飲み物を渡したミランダは微笑んだ。

「皇帝陛下は、とてもお優しい方なのよ。少しお体は弱いそうだけど、私のような下っ端のことも気遣ってくださるの」

 メルデ帝国の現皇帝は、四十代半ばの中年男性だ。

 ふっくらとした体と愛嬌のある顔立ちがチャームポイントで、膨大な領土を有する大帝国の長にしてはややおっとりしすぎているものの、臣下の話をよく聞き市民にも寛大に接するので、非常に人気があった。惜しむらくは、若い頃に最愛の妃を亡くして以来再婚しないため、直系の跡取りがいないことだ。

 湯気の立つココアをちびちびすすっていたシーグは、目を伏せた。

「……本当に、素敵だね。うちの国も、早く穏やかになればいいんだけど」

 シーグが落ち込んだ様子で言うのも、もっともだ。というのも彼の故郷であるリドベキア王国は少し前から、王家のゴタゴタで揉めているとのことだからだ。

 さすがにミランダのところまでは詳しい情報は入らないが、現在リドベキア王国を治めるのは女王陛下で、その年の離れた弟である王弟が王位簒奪を狙っているとのことなのだ。
 リドベキア王国は長子相続の鉄則があり、同じ両親から生まれた男児でありながら王になれなかったことで、王弟が異議を申し立てているという。

(もしかするとシーグも、リドベキア王国のゴタゴタが原因でここに来たのかもしれないわ)

 もし『宰相の遠縁』というのが仮の設定だったとしても、帝国の宰相の名前を使えるくらいなのだから相当な立場なのだろう。
 そんな相手に対して砕けた言葉遣いをしていたミランダだが、シーグ本人が「ミランダとは気さくに話したいんだ」と言うので、かしこまったりはしていなかった。

(もしかすると、リドベキア王国の揉めごとが終わったら、シーグは国に帰ってしまうのかもしれないわ)

 そう思うものの、誰にもその推測を打ち明けることはできない。打ち明けては、ならない。

 ミランダはただ、この優しい少年が心穏やかに過ごせるよう、手を貸すだけだった。
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