崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
 女王とのお茶会を終えたミランダは、セドリックを抱っこして離宮に帰った。
 女王は「セド君のことでもシリルのことでも、何かあればいつでも相談してね」と、ミランダの手をぎゅっと握って言ってくれた。

(本当に、私にはもったいないくらい素敵なお方だわ……)

 ミランダはシリルとの婚姻を結んだわけではないので、女王はセドリックの祖母なだけでありミランダの義母なのではない。
 だが……女王のような人が義母だったらどんなに幸せだろうか、とつい思ってしまう。

 離宮に帰ったのは夕方だったが、まだシリルは帰ってきていない。

 シリルはメルデ帝国との戦争を終結させた英雄王子として、華々しく表彰された。
 彼にはもちろん公務があるが、「先の戦いで武勲を上げた王子には、恋人や息子と過ごす時間が必要だ」という女王の言葉に反対する者はおらず、公務は比較的短時間近距離で済むもののみで毎日離宮に帰ってきていた。

 ミランダとセドリックが王国に来て、一ヶ月。
 シリルと一緒に離宮で暮らすようになってから、彼がよそで夕食を取る日はなかった。

「今日もシリル様は、お夕食までには戻られるかしら」

 帰宅したミランダが眠そうなセドリックを乳母に預けてレベッカに問うと、彼女は笑顔でうなずいた。

「ええ、きっと! あ、そうだ。もう数ヶ月したらセドリック様も離乳食を始めるべきだろうと、料理長が言っていましたよ」
「離乳食……」

 そうか、そんなものもあるのか、とミランダは乳母によってベビーベッドに寝かされたセドリックを見つめる。

 妊娠も出産も子育ても今回が初めてのミランダは、アルベック城や王城の女性たちの知恵を借りながらセドリックを育てている。

 セドリックを身ごもるまでの二十四年間はそもそも赤ん坊とはほぼ縁のない生活を送ってきたので、最初は乳をあげた後のセドリックがげっぷをしたのを見ただけで、「嘔吐した!?」と真っ青になってしまったくらいだ。

 皆は、魔術以外にはとんと疎いミランダを励まし、優しく教え、寄り添いながら、一緒にセドリックを育ててくれた。
 たくさんの愛に包まれるセドリックは間違いなく、心の温かい少年に育つだろう。

「……わかったわ。シリル様がお戻りになったら、そのことも相談してみようかしら」
「そうしましょう! シリル様ならむしろ、『僕が作る!』と張り切って厨房に立ちそうですもんね!」

 レベッカが笑顔で言うが、まさにそのとおりだ。

 シリルも子育て初心者のはずなのに非常に意欲が高いし、ミランダよりも諸々の手際がいい。
 そういえば彼は子どもの頃から秀才肌で、与えられた知識を驚くべきスピードで吸収し、自分のものにしていた。離乳食に関しても、「やっと僕がセドリックの食育に関われる!」と言って張り切りそうだ。

(……なんだか、早くシリル様に会いたいわ)

 少しずつ夜の色に染まりつつある窓の外を見ていると、妙にシリルのことが恋しくなってきた。

 想う女性がいるという彼にスキンシップを求めるつもりは、ない。
 ただ、セドリックのことをかわいがる同志として、昔なじみとして、いろいろな話をしたいと思えた。

 ……のだが。

 その日、シリルはミランダたちと一緒に暮らすようになって初めて、夕食の席に現れなかった。
 それどころか彼が帰ってきたのは、日付が変わりミランダもセドリックも寝付いてからだったという。
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