崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
 朝、ミランダが離宮一階のリビングでお茶を飲んでいると、部屋のドアが開いた。

「あっ……ミランダ」
「シリル様!」

 そわそわしながらお茶を飲んでいたミランダは、はっと振り返る。
 そこに立っていたシリルは寝起きらしく、顔を洗い髭も剃り髪も整えているものの、まだ少しだけ眠そうな顔をしていた。

「おはよう。……昨夜は、ごめん。仕事で、帰ってこられなかった。今朝も寝坊をしてしまって……」
「お気になさらず。夜更けに帰ってこられたのですから、寝坊も当然です。……お茶でも飲まれますか?」
「そうだな。……今ミランダが飲んでいるのと同じのでいいかな?」
「いいですが、これは少し味が独特ですよ」

 今ミランダが飲んでいるのは、授乳中の母親用の特別なお茶だ。普通の紅茶とは成分が違うらしく、ミランダは十分おいしいと思うのだがこの風味を嫌う人もいるそうだ。

 だがシリルが「それがいい」と言うので、ミランダはメイドの手を借りて二杯目のお茶を淹れた。
 ミランダの向かいに座ったシリルに提供すると、礼を言って受け取った彼はお茶をおいしそうに飲んだ。

「昨夜は、お疲れ様でした。無事にお戻りになったので、安心しました」
「うん、父上とちょっと一緒に仕事をしていてね」
「まあ、王配殿下と?」

 そういえば昨日のお茶会でも、王配は仕事のために席を外していた。
 結婚して二十年以上経った今もラブラブカップルということで有名な女王夫妻にしては珍しい光景だったが……ということは、王配も昨夜は帰るのが遅かったのだろうか。

 ミランダの考えていることを察したのか、シリルがふふっと笑った。

「きっと今頃父上も寝坊して、母上に甘えているよ。母上は先回りの達人でね、多分昨日のうちから、父上の戻りが遅いのを見越して公務を調整して、午前中に夫婦でゆっくりできる時間を捻出しているはずだ」
「それならよかったです」

 ……と答えつつも、少しだけ引っかかるところもあった。

(……ということは、女王陛下は王配殿下のお戻りが遅いことを、あらかじめ知っていらしたのね)

 とはいえ、女王と王配は夫婦で、ミランダとシリルはそうではない。夫婦なら情報共有をしっかりするだろうが、シリルは自分の細かいスケジュールを妻でもないミランダに逐一報告しなくていいのだ。

 ……そう。今のミランダはあくまでも、『王子の恋人』でしかないのだから。
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