崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
 なぜかチクチク痛む胸の訴えに気づかないふりをしつつ、ミランダは微笑む。

「そういえば、セドリックのことでお話ししたいことがあって。離乳食のことなのですが」
「あっ、そうか、もうそろそろそんな時期だね。なに、僕に作らせてくれるの?」

 既にシリルは自分で作る気満々のようで、レベッカの言ったとおりになったとミランダは噴き出してしまう。

「もちろん、そうしていただけたら私もセドリックも嬉しいですが、ご無理は言えません」
「いや、絶対に作る。僕ではセドリックにお乳をあげることができないんだから、これくらいして当然だよ」
「シリル様には公務がおありでしょう。それに入浴やおむつ交換などもしてくださって、もう十分すぎるくらいですよ」

 一般家庭でも父親が子育てをしないのは当たり前なのに、ましてや王族である彼が――本当は実子でない息子のためにここまで協力的になってくれることのほうが、ミランダとしては驚きだ。

 だがシリルはお茶を飲み干すと、「もっとしたいんだ」と真っ直ぐな目で言った。

「僕が、ミランダが産んでくれた息子の世話をしたい。赤ん坊なんて、ちょっと目を離している間にどんどん成長してしまう。セドリックが少しずついろんなことができるようになるのを見ていきたいし、僕のことを『父上』と呼んでくれる瞬間を見逃したくないんだ」

 シリルの言葉に――ミランダは、胸を貫かれたかと思った。
 これを愛と言わずとして、なにが愛なのだろうか。

 事実は異なったとしても、セドリックはシリルの実子ではないという解釈だ。
 シリルにとってのセドリックは、身寄りのない知人女性が産んだ子どもでしかない。だからメイドや兵士たちが見ている前だけ演技をしていればいいのに、そうではない。

 セドリックは、シリルから愛されている。
 セドリックのことを、シリルは愛してくれている。

(……十分すぎるくらいだわ)

 ミランダは、王子妃の座なんて望まない。もしこのまま物事が万事うまくいくのなら、王子の恋人のままで終わってもいい。
 もし……もしも、王家がセドリックだけを引き取りミランダを帝国に送り返したとしても、大丈夫。
 ミランダが命を懸けて産んだ息子は、シリルや女王たちに愛し守ってもらえるのだから。

 そう思うと目の周りがじわじわと熱くなってきて、ごまかすように瞬きをするしかない。

「……シリル様。私、幸せです」
「……ふふ。僕はちゃんと、君のことを幸せにできているようで、よかったよ」
「はい。……ありがとうございます、シリル様」

 ミランダが泣き笑いのような下手くそな笑みを浮かべたのを、シリルは穏やかな眼差しで見守ってくれていた。
< 56 / 81 >

この作品をシェア

pagetop