崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~

苛立ちと怒り

 セドリックのことは大丈夫、と思ったミランダだったが。

(また、夜明けに帰ってこられたのね……)

 シリルが寝坊をしているという寝室の前を通り、ミランダはため息をついた。

 たくさんの愛に包まれてセドリックがすくすくと成長しているのはいいことだが、シリルの帰宅は遅くなる一方だった。
 先日なんてついに丸一日帰ってこず、彼に何かあったのではないかとミランダは気が気でなかったし、父の異変を察したのかその日はセドリックもひどく泣いていた。

 翌日にそれを知ったシリルは慌てて、「ちゃんと帰るようにするよ」と言っていた。
 だが公務の都合は彼の気合いだけではどうにもならないようで、最近ではシリルと一緒に食卓を囲める夜がまばらになっていた。

(メイドたち曰く、帝国関連の後始末に奔走されているそうだけど……)

 階段を下りながら、ミランダはぎゅっと固めた拳を胸に当てる。

 メルデ帝国は現在、王国関係者が遺された幼い皇子の養育をしつつ政治を代行するという形を取っている。
 帝国民たちはかつての温和な皇帝の治世を思い出させるような日々に感謝しているそうだが、シリルはその平和な日々のために夜遅くまで働いているのだろう。

 故郷が再興するというのは、ミランダとしても嬉しいことだ。だがそれでシリルが体を壊しては元も子もない。

 シリルはセドリックの世話やミランダと過ごす時間も持とうとしているのだから、いつか彼が倒れるのではないかとはらはらしている。

(お話ができればいいのだけえれど……今日のお目覚めはいつになるのかしら)

 朝帰りをした日のシリルは、遅ければ昼過ぎまで寝ている。就寝時間が遅いので寝坊自体は全く問題ないのだが、どうしてもミランダやセドリックの生活リズムとずれてしまう。

 そうして落ち着かない気持ちで午前中を過ごしたミランダは、昼食の席でやっとシリルと会えた。

「おはようございます、シリル様」
「……おはよう。いや、おそようになるのかな?」

 寝起きのシリルは少し眠そうな目で苦笑して、ミランダの向かいの席に座った。
 ミランダの昼食のために用意された料理なのだが、これが朝食にあたるシリルの皿にはサラダやスープ、カリッと焼いたパンなどの軽めのものだけが載せられた。

「昨夜も遅くまで、お疲れ様でした。……ゆっくり眠れましたか? お顔の色が優れませんが……」
「ちゃんと寝られたよ。僕は従軍経験もあるから、どんな劣悪な環境でも寝られる。だから城のベッドなら快適すぎて、すぐに寝付けるんだ」

 シリルは冗談めかして言うが、その顔色は間違いなく悪い。色白の肌にはくすみが見られるし、「ちゃんと寝られた」と言うわりにまだ眠そうにまぶたが少し下がっている。

(公務を減らす……なんてことは、私では提案できないわ)

 女王はセドリックのことを孫として愛してくれるが、ミランダは王家の人間ではない。いくらシリルのことでも、ミランダでは彼の公務時間について物申すことなんてできないのだ。
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