崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
「……今僕が抱えている案件のことなら、君は気にしなくていい。むしろ、なにも言わないでほしいんだ」
「……」
「君には、セドリックを守り育ているという大役がある。それに集中してくれればいい。僕のことは……放っておけばいい」
「放っておけません!」

 寝不足や疲れゆえかいつになくシリルがとげとげしいと思いつつ、ミランダは自棄になっているとも思われる発言を看過できなかった。

「だってシリル様は、こんなにお疲れです! 私、シリル様のためにできることをしたいんです!」
「……なんだよ、それ」
「えっ?」

 ゆっくりと、シリルが顔を上げる。

 人形のように整った彼の顔に浮かんでいるのは……苛立ちと、悲しみだった。

「なんで君は、そんなことを言えるんだよ! 今でも……あいつのことを想っているくせに!」
「し、シリル様……?」
「想っているくせに……どうして、あいつは君を捨てたんだ?」

 最初はミランダにぶつけられていた言葉が、今は別の人に……存在しないミランダの恋人に向けられていた。

「こんなに、愛されているのに。セドリックがいるのに。こんな献身的なミランダを捨てるなんて……最低な男だ!」
「やめて!」

 かっとなったミランダの声が、部屋に響く。
 思わず立ち上がったミランダは、ぎょっとするシリルを見ても感情が抑えきれなかった。

 やめてほしい。
 あの夜のシリルの行動は、過ちだったかもしれないが……否定しないでほしい。

「それ以上言わないで……責めないで……」
「ミランダ……」

 我に返った様子のシリルは唇を噛み、「ごめん」とつぶやいた。

「僕、ひどいことを言った。君は……そいつのことを、愛しているのに……」
「……」
「……ごめん、ミランダ。ちょっと、頭を冷やしてくる」

 シリルもゆっくりと立ち上がり、固まるミランダの肩に遠慮がちに触れた。

「今の僕の言葉、忘れて……ううん、忘れなくていい。許さなくていいよ」
「シリル様……違う、違うんです……」
「大丈夫だよ、ミランダ。悪いのは、僕だから」

 はっと顔を上げたミランダに微笑みかけ、シリルは部屋を出て行った。
 廊下で彼が、「ミランダのことを頼む」とメイドに言ったのが聞こえる。

 やってしまった、と気づいたミランダの頭から体温が流れ落ちていくように、体が冷えていく。

 シリルは、間違っていない。
 シリルがミランダの恋人を疎ましく思ったり詰ったりするのは、おかしなことではないのに。
 
(シリル様……)

 椅子に座り込んだミランダは、取り返しのつかない自分の感情にぼろぼろと涙を流すことしかできなかった。
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