崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~
「……ミランダ?」

 ふいに、背後から声が聞こえた。
 この城の誰もが「様」をつけてミランダを呼ぶ中、その女性の声はミランダを呼び捨てした。

「……誰!? ミランダ様に近づかないで!」

 いち早く気づいたレベッカが声を上げると、少し離れたところで待機していた他の魔術師や兵士たちもざっと集まり、ミランダを囲むように立ってくれた。

 ミランダの後方に、粗末な身なりの女性がいた。金色の髪はぼさぼさで、そのわりに長い前髪の下の目がぎらぎらとしている。

 どこか、帝城にいた頃の自分を彷彿とさせるような身なりの、若い女性。

(……この人は)

「あの……」
「ミランダ! やっぱりあなたね!」

 女性はひっくり返った声を上げて、ミランダに近づこうとする……が、その前にレベッカらが立ちはだかった。

「下がりなさい! 誰かは知らないけれど、ミランダ様を呼び捨てにした挙げ句お近づきになろうなんて!」
「はぁ!? ガキは下がっていなさいよ!」

 女性はレベッカに向かってきたが、あと少しで手が届くというところでバシン、と何かにぶつかったかのように弾かれて倒れた。レベッカが展開した透明な防御魔術に阻止されたようだ。

「ちっ……! ちょっと、ミランダ! 顔なじみが来たっていうのに、なに突っ立っているのよ!」
「顔なじみ……?」

 はて、と首を傾げるミランダに、地面に尻餅をついたままの女性は悔しそうに唇を噛みしめた。

「ヴィヴィアンよ! 忘れたわけじゃないでしょう!」

 ヴィヴィアン。

(……えっ? もしかして、宰相令嬢だったあのヴィヴィアン様?)

 かつて帝国が悪しき皇帝によって支配されていた頃。賢臣だった前宰相の処刑ののちにその座に就いたのは、皇帝の命令をハイハイと受け入れるだけの無能な宰相だった。シリルの暗殺計画を実行させたのも、彼だ。

 そしてヴィヴィアンは、その宰相の一人娘だった。
 どうやらシリルにお熱のようでそれが理由でミランダに突っかかってきたものの、帝都制圧時にはシリルに擦り寄ったために突っぱねられ、その後は適当に放り出されたのではなかったか。

(そのヴィヴィアン様が、なんでアルベック城に……)

 だがすぐに、理由の察しがついた。

 元メルデ帝国魔術師団員のミランダが、リドベキア王国の王子シリルと密かに愛を育み、アルベック城で息子を産んだ。息子セドリックは王家の子と認知されて、ミランダとセドリックはアルベック城を離れて王城に招かれた。

 ……このストーリーは、王国だけでなく帝国にも広く伝わっている。
 だから帝都から追放されたヴィヴィアンもこの話を聞いて……王都には行けなくても、アルベック城にいればいつかミランダが帰ってくるのではと思ったのではないか。

(そうだとしても、なんの用事で……)

 ヴィヴィアンは、シリルの妃の座を狙っていた。その結果はあまりにもお粗末なものだったが、逆ギレしたことでシリルの恋人になったミランダやその息子セドリックを狙ってもおかしくない。

 ミランダは眉根を寄せ、さっと手を差し伸べた。いつでも、魔術を展開できるように。
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