崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~

崩れゆく平穏

 皇帝が、崩御した。
 死因は、持病の悪化とされている。だが前日まで元気にしていた皇帝が翌朝には冷たくなっていたなんて、信じがたい。

 そうして亡くなった兄の後を継いで即位した新皇帝は、穏やかな賢君として慕われた兄に忠誠を誓う者たちを容赦なく蹴散らし、追い出し、自分の派閥の者たちを帝城に連れてきた。
 逆らう者は容赦なく罰し、宰相や騎士団長、魔術師団長といった臣下をことごくすげ替えて、自分の息のかかった者たちを配下にした。

 ……平和な帝国の風景が打ち砕かれるまで、一瞬だった。

 皇帝が代わってたった一年で帝国は他国に侵略戦争を繰り返す悪辣な国家になり、民たちは重い税にあえぎ横暴な略奪行為を繰り返す帝国軍によって虐げられていた。

 新皇帝の圧政は、ミランダにも容赦なく襲いかかった。

 尊敬していた魔術師団長は謂われなき罪状を並べ立てられて、罷免された。宰相や騎士団長などが斬首刑に処されたのに比べ、魔術師団長は命だけは助けられたのが不幸中の幸いだった。

 だが彼や彼の側仕えだったベテラン魔術師たちは皆、帝城から追放された。しかも魔術師団には、新しい魔術師団長が据えられなかった。
 新皇帝は魔術師のことを毛嫌いしており、帝国魔術師団を組織として麾下に置くのではなくて、なんでも言うことを聞く使い捨ての駒のように扱い始めたのだ。

 二年前は、ミランダは同僚や上司たちと一緒に楽しく仕事をしていられた。だが能力のある者たちは追放され、このまま搾取されるよりはと逃げた者も多い。もはや魔術師団にはベテランがおらず、二十四歳のミランダが最年長という始末になっていた。

 ミランダだって、逃げたかった。ミランダには家族はないのだから、家族を人質にされることはない。

(でも私が逃げたら、魔道学院の生徒たちが戦地に送られてしまう……)

 ミランダが亡命を躊躇うのは、魔道学院の存在だった。

 かつては帝国内のあらゆる身分の魔術師を受け入れ養成していた魔道学院も、皇帝による弾圧を受けた。
 幸い学院長がうまく取りなしてくれたので今のところは大きな被害はないが、帝国魔術師団員が激減した今、皇帝の鶴の一声で年若い学生たちが学徒動員され戦場に放り込まれる可能性もあった。

 ……それを防いでいるのが、ミランダだった。

 ミランダは母校の学生たちを戦場に送らせるまいと、帝国魔術師団に残っている。自分が学生たちの分も活動していれば、まだ十代前半の彼らが徴兵されることはない。

 ……皇帝は、ミランダの力を軽んじていた。

 かつて、魔術師団の下っ端としてちまちまとした仕事をしていたので、実力もその程度だと思ったのだろう。
 優秀な魔術師たちが軒並みいなくなった今、皇帝の入浴のための湯を張れとか、余興で虹を出せとか、動物に火の輪くぐりをさせろとか、そんなことばかり命じられる。戦の道具にされないだけ、まだいいのかもしれないが……。
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