クールな華道家は幼馴染に、百花繚乱の愛を告白する。
つぼみ、ほころぶ
「立花。起きや」
「うぅん。あと五十時間……寝かせて」
「そんなに寝たら、花が萎れてまうわ。起きろっ」
ぺちっとおでこに軽い衝撃が走り、ぱっと目を覚ますと目の前に馨ちゃん──じゃなくて。
紺色の紬に微塵格子柄の着物をモデルのように着こなした、馨先生がいた。
どうやら私は昔の夢を見ていたらしい。
今の私は二十二歳だ。
馨先生は二十六歳になった。
しかも売れっ子で新進気鋭の華道家。
黒髪はきっちりと後ろに撫で付けられ、くっきりした富士額やすっとした鼻梁が美しい。
涼やかな目元に一目で虜になったというファンの人がいるのも頷ける──が。
その魅力的な瞳は今は私を不満気に見つめていた。
「あぁっ。ごめんなさいっ。搬入作業が終わったらつい、気が抜けて寝ちゃった。もう、夏織さんの個展始まるよねっ!?」
老舗百貨店の控室の一室。
寝そべっていた長机から、まだ眠りに浸っていたいという体を勢いよく引き離す。
壁の時計を見れば、十一時半。
あと三十分ほどで夏織さんの個展が始まる時間だった。
「朝早うから、立花の花屋からぎょうさん花を運んでくれたり、橘華道の花器の荷解きを手伝ってくれたのには感謝してる」
「橘華道様は代々ウチの『花々生花店』のお得意様だからね」
勝手知ったる仲って言うのかな。
橘兄弟と私は家が近く、今でもよく行き来している。昔はよく橘兄弟に遊んで貰ったけど、今はお花を届けるとか、そういう良好なビジネス関係になったのだ。
馨先生は私を見つめながら、ふぅっと息を吐いた。
「もちろん橘からの手当は出しているけど……せっかく僕が立花用に仕立てた訪問着を身に付けへんとは。個展の関係者として出席出来るのに、立花の癖に生意気やな?」
整った眉を吊り上げる馨先生。
今はもう昔みたいに『ちゃん』付けでは呼べない。
私はただの花屋の従業員。
──だから、私は馨ちゃんを『先生』と呼ぶようにした。
今に思えば小学校のときの大それた告白は、年上のお兄さんへの憧れだった気がする。
……多分。
今でもそのことを考えると胸がチクッとするから、あまり考えず仕事に専念してここまで来た。
とにかく。
私は初恋にそうやって決着を付けたのだ。
今は自分の立場というのを、ちゃんと弁えているつもりだ。その気持ちも込めて、ジト目で見てくる馨先生を見つめ返す。
「だって、こんな高価そうな訪問着私に似合わないし、桜色だなんて私には可愛い過ぎるし。そもそも私は普通の花屋のスタッフで、橘華道のゴージャスで格式ある個展なんて、出ても恥をかくだけだからっ」
と、私は言い切った。
そう、私は朝から、華道家として今や大成功を収めている馨先生のお兄さん──夏織さんの個展の手伝いに来ていた。
搬入作業は力仕事が主で、私も馨先生も夏織さんも、その他のスタッフの人達もほぼジャージ姿。
動きやすい姿で催事場と荷下ろし場を、汗だくで何度も往復した。
そして準備が無事に終わり、開場前に馨先生から立派な着物を渡されたが、私はついつい気が抜けて寝てしまったのだった。
老舗百貨店の催事場で行われる橘家本家の個展には、華道関係者はもちろん、着物作家や陶芸家、有名人まで訪れる。
そんな場に着物を用意してもらえたのは嬉しいし、夏織さんが活けたお花も見たい。
けれど、私が着飾ったところで相応しいとは思えなかった。
「うぅん。あと五十時間……寝かせて」
「そんなに寝たら、花が萎れてまうわ。起きろっ」
ぺちっとおでこに軽い衝撃が走り、ぱっと目を覚ますと目の前に馨ちゃん──じゃなくて。
紺色の紬に微塵格子柄の着物をモデルのように着こなした、馨先生がいた。
どうやら私は昔の夢を見ていたらしい。
今の私は二十二歳だ。
馨先生は二十六歳になった。
しかも売れっ子で新進気鋭の華道家。
黒髪はきっちりと後ろに撫で付けられ、くっきりした富士額やすっとした鼻梁が美しい。
涼やかな目元に一目で虜になったというファンの人がいるのも頷ける──が。
その魅力的な瞳は今は私を不満気に見つめていた。
「あぁっ。ごめんなさいっ。搬入作業が終わったらつい、気が抜けて寝ちゃった。もう、夏織さんの個展始まるよねっ!?」
老舗百貨店の控室の一室。
寝そべっていた長机から、まだ眠りに浸っていたいという体を勢いよく引き離す。
壁の時計を見れば、十一時半。
あと三十分ほどで夏織さんの個展が始まる時間だった。
「朝早うから、立花の花屋からぎょうさん花を運んでくれたり、橘華道の花器の荷解きを手伝ってくれたのには感謝してる」
「橘華道様は代々ウチの『花々生花店』のお得意様だからね」
勝手知ったる仲って言うのかな。
橘兄弟と私は家が近く、今でもよく行き来している。昔はよく橘兄弟に遊んで貰ったけど、今はお花を届けるとか、そういう良好なビジネス関係になったのだ。
馨先生は私を見つめながら、ふぅっと息を吐いた。
「もちろん橘からの手当は出しているけど……せっかく僕が立花用に仕立てた訪問着を身に付けへんとは。個展の関係者として出席出来るのに、立花の癖に生意気やな?」
整った眉を吊り上げる馨先生。
今はもう昔みたいに『ちゃん』付けでは呼べない。
私はただの花屋の従業員。
──だから、私は馨ちゃんを『先生』と呼ぶようにした。
今に思えば小学校のときの大それた告白は、年上のお兄さんへの憧れだった気がする。
……多分。
今でもそのことを考えると胸がチクッとするから、あまり考えず仕事に専念してここまで来た。
とにかく。
私は初恋にそうやって決着を付けたのだ。
今は自分の立場というのを、ちゃんと弁えているつもりだ。その気持ちも込めて、ジト目で見てくる馨先生を見つめ返す。
「だって、こんな高価そうな訪問着私に似合わないし、桜色だなんて私には可愛い過ぎるし。そもそも私は普通の花屋のスタッフで、橘華道のゴージャスで格式ある個展なんて、出ても恥をかくだけだからっ」
と、私は言い切った。
そう、私は朝から、華道家として今や大成功を収めている馨先生のお兄さん──夏織さんの個展の手伝いに来ていた。
搬入作業は力仕事が主で、私も馨先生も夏織さんも、その他のスタッフの人達もほぼジャージ姿。
動きやすい姿で催事場と荷下ろし場を、汗だくで何度も往復した。
そして準備が無事に終わり、開場前に馨先生から立派な着物を渡されたが、私はついつい気が抜けて寝てしまったのだった。
老舗百貨店の催事場で行われる橘家本家の個展には、華道関係者はもちろん、着物作家や陶芸家、有名人まで訪れる。
そんな場に着物を用意してもらえたのは嬉しいし、夏織さんが活けたお花も見たい。
けれど、私が着飾ったところで相応しいとは思えなかった。