クールな華道家は幼馴染に、百花繚乱の愛を告白する。

「私は裏方でいいんだよ」

そう付け足すと、馨先生がはぁっとため息をついた。

「そんなことないやろ。立花は一応、兄貴の許嫁やし。橘華道御用達の花屋。それに立花は着物を着たら、それなりの美人に見えるって有名やろ」

「それなりで悪かったわねっ!? しかも許嫁っていうのは、親同士が決めたゆるーい約束みたいなもんで、夏織さんが私と本気で結婚するわけないでしょっ!」

壁を見れば『橘家五百年の歴史。そして未来へ受け継ぐ者』と大々的に謳われた艶やかなポスターには、花よりも華やかな夏織さんの横顔が印刷されていた。

夏織さんとは馨先生と同じくらい、しょっちゅうお花の注文を受けているからよく顔を合わせているけど、そんな特別な関係じゃない。
──と思っていると、馨先生がぐにっと私の耳を掴んだ。

「その割にはいつも兄貴と出掛けてるみたいやな? その癖に僕の着物は着れないってか」

ふにふにと耳を揉まれるとくすぐったい。

「い、一緒に出掛けているのは夏織さんの華道の仕事の為ですー! 夏織さんから直接、アルバイトを頼まれているからですー!」

「僕のオファーは断る癖にっ」

「だって、ここ最近はこの個展のために夏織さんからも、橘のご両親からも『立花ちゃん、手伝ってやってね。お願い』って言われていたからですっ」

個展は華々しいけれど、ここに至るまで何ヶ月も準備を重ねてきた。企画、広報、作品設計、SNSの告知。
やることは山ほどある。
お弟子さんやマネージャーさんがいても、人手はあった方がいい。
気を遣わなくていい私は、夏織さんにとって頼みやすい存在だったのだろう。

それに、うちは橘華道御用達の店とはいえ、経営が潤っているわけじゃない。
私の代で稼業を潰さないためにも、お花に関する仕事はたくさん体験して、見識を深めたかった。

馨先生だってそんな事情は知っているはずなのに、と思っていると、扉がノックされたかと思うと同時に、ガチャッと大きく開いた。
パッと馨先生の手が私の耳から離れ、入れ替わりに、派手な振袖姿の女性が入ってきた。
ぼそっと馨先生が「はぁ。うるさいのが来た」と呟いてから、女性に向けてにっこりと作り笑いを浮かべた。

「これは、これは。華道雑誌の編集者、浅見(あさみ)さんじゃないですか。いきなりどうされたんですか」

あ、馨先生が標準語になった。
なるほど。この浅見さんという人は、馨先生が苦手な部類の人らしい。

「あぁ、馨先生にお名前を覚えて貰って恐縮です。ふふっ」

浅見と呼ばれた女性はツカツカと一直線に馨先生の元へとやって来る。
私は今日の取材かなと思い、お仕事の邪魔をしてはいけないと一歩下がると、浅見さんはぐいっと私と馨先生の間に入って来た。
その瞬間、ツンとした強い香りを浅見さんから感じた。

「兄の夏織は既に会場に居ます。ここには居ませんよ。もう少しでオープンセレモニーが始まるので、早く会場に行った方がいいですよ」

「もうっ。馨先生に会いに来たんじゃないですか。先月の馨先生の特集、凄い評判が良くて! 電子も紙の売り上げも絶好調っ。馨先生はテレビもバンバン出られていて、本当に華道界のアイドルですわ。ふふっ。またお願いしますねぇ」

クネクネ動く浅見さんは、音で反応するおもちゃのフラワーパペットみたいだと思ってしまった。そんな思いが通じてしまったのか、浅見さんは馨先生に見えない角度から私を冷たく、『邪魔よ』と言わんばかりに一瞥した。

その視線に反論したくなる。
私だって、お仕事の話を立ち聞きしているようで、居心地はあまりよくない。
けれど口を挟むことは出来ず、二人の会話は続く。
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