クールな華道家は幼馴染に、百花繚乱の愛を告白する。
「カメラマンさんの腕が良かったのでしょう。何より華道ファンの皆様のおかげで、僕はいつも通り花を活けただけですから」
「またまたぁ。そうそう、ここに来たのはぁ。いよいよ、橘兄弟が『全日本・生花コンクール』に出場されるという情報をキャッチしたのですが、本当ですかっ!?」
その瞬間、馨先生の笑顔が固まった。
しかし、浅見さんはうっとりした様子で赤い唇を動かし続ける。
「伝統の橘夏織。革新の橘馨。橘兄弟がぶつかる……! ぜひ我が編集部に『麗しの兄弟対決』と銘打って独占取材をさせて欲しくて、お願いに来たんです!」
室内に浅見さんの声が響いて、驚いたのは私だった。
「ええっ、馨先生と夏織さんが『全日本・生花コンクール』に出るんですかっ!?」
ばっと馨先生に詰め寄る。
『全日本・生花コンクール』
その言葉を聞いて、思わず口が開いてしまった。
馨先生は「今、それを立花の前でばらすか」とため息をつき、なぜか下を向いてしまったが、私は興奮してしまった。
だって『全日本・生花コンクール』は、日本の華道コンテストで一番有名なコンクール!
花屋でも有名で、華道をしない私にとっても憧れの舞台だ。
プロの華道家で、しかも五年以上の活動実績を認められないと出られない。
伝統的な作品から現代的で自由な作風まで、幅広い審査が行われる。
優勝すると、スポンサー企業から翌年一年間、数々のイベントに呼ばれる。
プロの華道家として世間に認められるコンクール。
だが、毎年優勝者が出るわけではない、道狭きコンクールでもある。
その華々しいコンクールに二人が出るなんて、どんな花を使うのかワクワクするが──
浅見さんに聞こえない小さな声で、馨先生にこそっと尋ねる。
「でも、夏織さんはともかく。馨先生はこの手のコンクール嫌いだったよね」
「……まぁな」
「これ以上、比べられることが嫌だって、馨ちゃんは昔から、ほぼコンクールやコンペには出なくて、自由な華道スタイルを求めていたよね?」
「誰のせいやと思ってんねん」
また深く俯く馨先生に、なぜだろうと思っていると、馨先生が私の顔をちらっと見た。
その顔はなんだか照れ臭そうだったが、それも束の間。馨先生はぱっと顔を上げて、浅見さんに微笑んだ。
「その話はまた今度、個展が間もなく始まりますので。僕も会場に行きます。浅見さんも遅れては、まずいのでは?」
馨先生の有無を言わさないハッキリとした言葉に、浅見さんは「そうですね。後でお話しは出来ますものね」と、これまたハッキリと答えた。
「えぇ、是非メールでやり取りしましょう。で、立花はここに居るんやな?」
浅見さんはピキッと笑顔を引き攣らせたように感じたが、急に話を振られて、そうだと頷く。
「う、うん。誰か控室で待機しているほうが、咄嗟のことも対応出来るし。夏織さんが休憩でここに戻って来たとき、アシスト出来るから」
お花が展示中に傷んでしまうことがある。
私が活けることは出来ないが、夏織さんのお弟子さん並みに、替えの花や処理には対応出来る。
夏織さんの個展を見たい気持ちはあるが、今日は裏方のスタッフなので、それに徹しようと思っていた。
「着物ごめんね。これは馨先生が個展を開いたときに、ちゃんと身に付けるよ」
「分かった。それで手を打つわ」
微笑した馨先生と、その横でツンとした態度の浅見さんが部屋を出て行こうとするので、私は慌てて浅見さんを引き止めた。
「す、すみませんっ! 浅見さん。その、余計なお世話かもしれませんが無香料のボディシート、よかったら使って下さい」
ポケットからさっとシートを取り出すが、浅見さんは「はぁ?」と赤い唇を歪ませた。
「香水が花本来の香りを妨げないためです。会場には百合や芍薬の香りまで楽しめるように、夏織さんが設計しているので、ぜひそれを楽しんで下さいね!」
すると浅見さんは顔を赤くした。
「余計なお世話よっ!」
と言って、肩を怒らせながら扉を乱暴に開けて出て行ってしまった。
「ボディシートもう、持っていたのかな。先に聞いておけばよかったかも」
差し出したシートをすっと下ろすと、馨先生がクスクス笑っていた。
「なんで馨先生は笑っているんですか。私はなにもしてませんけど」
「ふふっ。さすが立花やな。それだけの度胸がないと、橘家には出入り出来ひんな」
私は何もしてないのにと首を傾げると、馨先生が「気にせんでええ。それが立花のええところや」と笑って、私の頭をよしよしと撫でる。
「もう。そうやって子供扱いするっ」
「はいはい。それも、もう──辞めるつもりやから」
「え?」
「じゃ、兄貴の晴れ舞台見てくるわ。行って来ます」
馨先生がそう言うと、意味あり気に私の頬を撫でた。
長い指先がまるで花を愛でるような繊細な動きで、涼やかな瞳に胸がドキッとした瞬間には、手が離れた。
そして馨先生は静かに部屋を出ていった。
私は触れられた頬に手を当てながら「今のは、からかわれただけ」と、自分に言い聞かせるのだった。
「またまたぁ。そうそう、ここに来たのはぁ。いよいよ、橘兄弟が『全日本・生花コンクール』に出場されるという情報をキャッチしたのですが、本当ですかっ!?」
その瞬間、馨先生の笑顔が固まった。
しかし、浅見さんはうっとりした様子で赤い唇を動かし続ける。
「伝統の橘夏織。革新の橘馨。橘兄弟がぶつかる……! ぜひ我が編集部に『麗しの兄弟対決』と銘打って独占取材をさせて欲しくて、お願いに来たんです!」
室内に浅見さんの声が響いて、驚いたのは私だった。
「ええっ、馨先生と夏織さんが『全日本・生花コンクール』に出るんですかっ!?」
ばっと馨先生に詰め寄る。
『全日本・生花コンクール』
その言葉を聞いて、思わず口が開いてしまった。
馨先生は「今、それを立花の前でばらすか」とため息をつき、なぜか下を向いてしまったが、私は興奮してしまった。
だって『全日本・生花コンクール』は、日本の華道コンテストで一番有名なコンクール!
花屋でも有名で、華道をしない私にとっても憧れの舞台だ。
プロの華道家で、しかも五年以上の活動実績を認められないと出られない。
伝統的な作品から現代的で自由な作風まで、幅広い審査が行われる。
優勝すると、スポンサー企業から翌年一年間、数々のイベントに呼ばれる。
プロの華道家として世間に認められるコンクール。
だが、毎年優勝者が出るわけではない、道狭きコンクールでもある。
その華々しいコンクールに二人が出るなんて、どんな花を使うのかワクワクするが──
浅見さんに聞こえない小さな声で、馨先生にこそっと尋ねる。
「でも、夏織さんはともかく。馨先生はこの手のコンクール嫌いだったよね」
「……まぁな」
「これ以上、比べられることが嫌だって、馨ちゃんは昔から、ほぼコンクールやコンペには出なくて、自由な華道スタイルを求めていたよね?」
「誰のせいやと思ってんねん」
また深く俯く馨先生に、なぜだろうと思っていると、馨先生が私の顔をちらっと見た。
その顔はなんだか照れ臭そうだったが、それも束の間。馨先生はぱっと顔を上げて、浅見さんに微笑んだ。
「その話はまた今度、個展が間もなく始まりますので。僕も会場に行きます。浅見さんも遅れては、まずいのでは?」
馨先生の有無を言わさないハッキリとした言葉に、浅見さんは「そうですね。後でお話しは出来ますものね」と、これまたハッキリと答えた。
「えぇ、是非メールでやり取りしましょう。で、立花はここに居るんやな?」
浅見さんはピキッと笑顔を引き攣らせたように感じたが、急に話を振られて、そうだと頷く。
「う、うん。誰か控室で待機しているほうが、咄嗟のことも対応出来るし。夏織さんが休憩でここに戻って来たとき、アシスト出来るから」
お花が展示中に傷んでしまうことがある。
私が活けることは出来ないが、夏織さんのお弟子さん並みに、替えの花や処理には対応出来る。
夏織さんの個展を見たい気持ちはあるが、今日は裏方のスタッフなので、それに徹しようと思っていた。
「着物ごめんね。これは馨先生が個展を開いたときに、ちゃんと身に付けるよ」
「分かった。それで手を打つわ」
微笑した馨先生と、その横でツンとした態度の浅見さんが部屋を出て行こうとするので、私は慌てて浅見さんを引き止めた。
「す、すみませんっ! 浅見さん。その、余計なお世話かもしれませんが無香料のボディシート、よかったら使って下さい」
ポケットからさっとシートを取り出すが、浅見さんは「はぁ?」と赤い唇を歪ませた。
「香水が花本来の香りを妨げないためです。会場には百合や芍薬の香りまで楽しめるように、夏織さんが設計しているので、ぜひそれを楽しんで下さいね!」
すると浅見さんは顔を赤くした。
「余計なお世話よっ!」
と言って、肩を怒らせながら扉を乱暴に開けて出て行ってしまった。
「ボディシートもう、持っていたのかな。先に聞いておけばよかったかも」
差し出したシートをすっと下ろすと、馨先生がクスクス笑っていた。
「なんで馨先生は笑っているんですか。私はなにもしてませんけど」
「ふふっ。さすが立花やな。それだけの度胸がないと、橘家には出入り出来ひんな」
私は何もしてないのにと首を傾げると、馨先生が「気にせんでええ。それが立花のええところや」と笑って、私の頭をよしよしと撫でる。
「もう。そうやって子供扱いするっ」
「はいはい。それも、もう──辞めるつもりやから」
「え?」
「じゃ、兄貴の晴れ舞台見てくるわ。行って来ます」
馨先生がそう言うと、意味あり気に私の頬を撫でた。
長い指先がまるで花を愛でるような繊細な動きで、涼やかな瞳に胸がドキッとした瞬間には、手が離れた。
そして馨先生は静かに部屋を出ていった。
私は触れられた頬に手を当てながら「今のは、からかわれただけ」と、自分に言い聞かせるのだった。