ただ今の先に、何度でも恋に落ちる2人がいる。
一章・二つの種
Scene 1

『まもなく2番線に、半蔵門線直通、準急・押上行きがまいります。』

池尻大橋駅のアナウンスが流れ、しばらくすると、いつもと同じ列車がホームドアの向こうに到着する。

いつもの車両。いつもの通勤経路。

混雑した車内に揺られるのは、渋谷までの一駅だけ。そこから列車は半蔵門線に入り、そのまま大手町へ向かう。

毎朝、約40分。

いつもと変わらない通勤時間。

それなのに今日は、やけに取り留めのないことが頭に浮かんでくる。

別に、何かあったわけでもない。

「仕事にやりがいを感じているし、不満もない。それなのに、なんでだろう?」

そんな思考が、いつの間にか昔の恋愛の記憶へとつながっていった。

「今まで、それなりに恋もしてきた。」

ふと考えた。

「最後に付き合っていた彼と別れてから、一年ほど。」

「それなのに、もう顔も表情も声も、記憶の中でぼやけ始めている。」

「こうして定期的に、脳にたまった不要な記憶のキャッシュを整理して、消去していくのだろうか?」

「だとしたら、不意に更新が始まり、自分では制御できない厄介な自動更新システムだ。」

「あっ?! そろそろかな??」

思わず、いつもカバンに入れているはずのポーチを確認したくなった。

大きなトートバッグに腕を入れ、手探りで確かめる。

「あったぁ」

安堵の声が漏れた。

メトロの扉にもたれ、トンネルの壁を流れていく明かりをぼんやりと眺めながら、

「やれやれですぅ……」

と、小声でつぶやいてみた。

その声が『サザエさん』のタラちゃんに似ていて、自分でおかしくなった。

「でも、いつまでもタラちゃんのままではいられない。」

今日は銀行の担当者が来る。進行中のプロジェクトについて、資金調達の話を詰める大事な日だ。
< 4 / 6 >

この作品をシェア

pagetop