孤独なあなたに、夕食を。 〜食べられないCEOの胃袋を掴んだら本気の口説きが始まりました〜
会いたくないけれど、しかし祖母から貰ったピアスは気になるのだ。

タクシーの車内でドキドキと心臓が昂ぶり、『着きましたよ』と声を掛けられるまで固まっていた。

――駄目だ。今は夕食作りに集中しよう。

由香は瞳を瞑って大きく息をつくと、アランの部屋へ行きエプロンを身に着けオープンキッチンに立つ。

今夜のメニューは、ピラフと、野菜のギョーザスープ。

冷蔵庫を開くと既に依頼していたエビとひき肉などが届けられていて、使う食材を並べていたが、ふと食卓テーブルが視界に入り気付く。

――お花、買ってくるの忘れてた。

あまりに簡素な部屋だったので勝手に飾っては差し替えていた花。

その時の気分や、当日のメニューに合わせ、元気がなくなった頃に新しい花を用意するのが習慣だった。

今日は、買ってくるつもりだった日。

亮介からのメールに気が削がれて、完全に失念していた。

――まぁ、いっか。私が勝手にやってることだし。

なによりアランは最初、「花なんて必要ないだろ」と言っていた。

由香がただ、明るい食卓にしたかっただけの行為なのだから。

――――しかし、後から現れたアランは上着を脱ぎながら花瓶を見て言ったのだ。

「萎れてきてるな」

たった一言だが、気にしてくれていたのかと現金にも心がぱっと明るくなる。

さらにアランはキッチンに向かって尋ねてきた。

「君は、何色の花が好きなんだ?」

「オレンジ、ですかね……」

「へぇ。なら、明日は俺が買ってこよう」

「……アランさんが?」

これには意外過ぎて、スープに入れようと持っていたギョーザの皮を落としそうになった。

「この部屋はつまらないんだろ?君の好きなものがあった方がいい」

「つまらないとは言ってませんよ。寂しい部屋だなって言っただけです」

「寂しくないさ。日中は仕事だし、夕食時には君が一緒に居る」

そんなことを言われ心の奥がムズムズとして由香は唇を引き結んだ。

最近のアランは、時々こういう気を引くような言葉を投げかけてくるのだ。

あまつさえ、「いつも作り置きするけど、君も一緒に食べて帰ったらいい」などと言い出す始末。

「出来ませんよ」と断っていたものの、「作り手は毒見しなくていいのか?」と検証と称するアランに言いくるめられてここ数日流されてしまっていた。

「でも、あまりよくない事だと思うので。今日からは一緒に食べませんからね」

釘をさすように返すとアランは由香に歩み寄って作業を眺めながら言う。

「真面目だな」

「これが私なので。他の方を誘ってください。サンプルにさせてもらうので」

食べれるものが出来たなら、好きな人を呼べばいい。

きっと食事を楽しめなかったアランは、そういう時間がなかっただろうから。

なんならホームパーティーの料理係だって請け負うとも提案したが、彼は眉尻を下げて笑うだけだ。

「寂しいよ、そんな風に言われると。俺は由香が良いのに」

ドキリと心臓が大きく跳ねた。

あの言い方は、揶揄っているのか、本気なのか分からない。

なのに、揺さぶられる。

「……仕事の日が駄目なら、休みの日に誘えば夕食を作りにきてくれるのか?」

立て続けに問われ、由香は静かに頷いた。

「アランさんも手伝ってくれるなら……」

「なら、決まりだ」

ただ、食事を共にするだけ。
その約束なのに、顔が熱くなる。

< 26 / 35 >

この作品をシェア

pagetop