光の重なり ― 魅惑のパリで見つけたもの ―
美月にも手応えがある。
もしかすると、本当に勝てるかもしれない。
慎重に駒を進めると、今度は理久が少し意外そうな顔をした。
「へぇ」
「何ですか?」
「美月、腕上げたね」
「いつも負けてばかりでは困りますから」
「勉強してるの?」
「水面下で」
「どこで?」
「アプリです」
理久が笑った。
「なるほど。相変わらず努力家だね」
「かなりハンデをもらってますけど、戦況としては私が優勢ですよ」
「うん。そうだね」
理久は劣勢なのに、相変わらず余裕がある。
ただ、さっきから妙に視線を感じる。
盤面を見るより、美月を見ている時間の方が長い気さえした。
「あの……何か?」
「別に」
「さっきから見すぎです」
「そう?」
「そうです」
「気にしないで。続けて」
どうにも怪しい。
でも、盤面は美月が圧倒的に有利だった。
次に自分の番が回ってくれば、勝てる。
そう確信していた。
そのとき、理久が静かに駒を動かした。
「チェックメイト」
「……え?」
美月は盤面を見下ろした。
自分の勝ち筋ばかりに集中していたせいで、王が追い詰められていることに気づいていなかった。
いや。
もしかすると、ずっと理久はそこを狙っていたのかもしれない。
「……負けました」
「惜しかったね、美月。かなり良いところまで来てたよ」
悔しい。
本当にあと少しだった。
けれど、美月はふと顔を上げた。
「りく」
「ん?」
「さっきからの視線……まさか、策略のひとつじゃないでしょうね?」
「何のこと?」
「怪しい」
「さぁ?」
理久は涼しい顔をしている。
「勝ちは勝ちだよね」
「りく」
「じゃあ」
理久は笑いながら、盤面の駒をひとつ手に取った。
「美月の健闘を讃えて、ファーストクラスはやめよう」
美月が目を瞬く。
「……本当に?」
「ビジネスクラスに変更する」
「エコノミーではなく?」
「学会のために疲労は最小限にしたいからね。そこは譲れない」
「……」
「これなら妥協点でしょ?」
確かに。
ファーストクラスよりは、ずっと現実的だ。
美月の感覚からすれば、ビジネスクラスだって十分すぎるのだけれど。
「付き合ってくれる?」
理久が、またあの甘い顔で笑った。
「奥さん」
そんな言い方をされたら、だめだとは言いにくい。
ずるい。
美月は小さく息を吐いた。
「……分かりました」
「ありがとう」
美月は呆れたように笑う。
そして少しだけ意地を込めて、言い返した。
「旦那さま」
今度は理久が、ほんの少しだけ目を細めた。
その顔を見ながら、美月は思う。
結婚したからといって、何もかもが急に変わるわけではない。
一緒に暮らしてきたし、互いの生活も考え方も、それなりに知っているつもりだった。
けれど、夫婦になったからこそ初めて見えてくる違いもあるのかもしれない。
――ファーストクラス程度で、こんなに揉めるとは思わなかったけれど。
美月は盤面に残った駒を眺めながら、小さく息を吐いた。
パリへ行くまで、あと少し。
もしかすると、本当に勝てるかもしれない。
慎重に駒を進めると、今度は理久が少し意外そうな顔をした。
「へぇ」
「何ですか?」
「美月、腕上げたね」
「いつも負けてばかりでは困りますから」
「勉強してるの?」
「水面下で」
「どこで?」
「アプリです」
理久が笑った。
「なるほど。相変わらず努力家だね」
「かなりハンデをもらってますけど、戦況としては私が優勢ですよ」
「うん。そうだね」
理久は劣勢なのに、相変わらず余裕がある。
ただ、さっきから妙に視線を感じる。
盤面を見るより、美月を見ている時間の方が長い気さえした。
「あの……何か?」
「別に」
「さっきから見すぎです」
「そう?」
「そうです」
「気にしないで。続けて」
どうにも怪しい。
でも、盤面は美月が圧倒的に有利だった。
次に自分の番が回ってくれば、勝てる。
そう確信していた。
そのとき、理久が静かに駒を動かした。
「チェックメイト」
「……え?」
美月は盤面を見下ろした。
自分の勝ち筋ばかりに集中していたせいで、王が追い詰められていることに気づいていなかった。
いや。
もしかすると、ずっと理久はそこを狙っていたのかもしれない。
「……負けました」
「惜しかったね、美月。かなり良いところまで来てたよ」
悔しい。
本当にあと少しだった。
けれど、美月はふと顔を上げた。
「りく」
「ん?」
「さっきからの視線……まさか、策略のひとつじゃないでしょうね?」
「何のこと?」
「怪しい」
「さぁ?」
理久は涼しい顔をしている。
「勝ちは勝ちだよね」
「りく」
「じゃあ」
理久は笑いながら、盤面の駒をひとつ手に取った。
「美月の健闘を讃えて、ファーストクラスはやめよう」
美月が目を瞬く。
「……本当に?」
「ビジネスクラスに変更する」
「エコノミーではなく?」
「学会のために疲労は最小限にしたいからね。そこは譲れない」
「……」
「これなら妥協点でしょ?」
確かに。
ファーストクラスよりは、ずっと現実的だ。
美月の感覚からすれば、ビジネスクラスだって十分すぎるのだけれど。
「付き合ってくれる?」
理久が、またあの甘い顔で笑った。
「奥さん」
そんな言い方をされたら、だめだとは言いにくい。
ずるい。
美月は小さく息を吐いた。
「……分かりました」
「ありがとう」
美月は呆れたように笑う。
そして少しだけ意地を込めて、言い返した。
「旦那さま」
今度は理久が、ほんの少しだけ目を細めた。
その顔を見ながら、美月は思う。
結婚したからといって、何もかもが急に変わるわけではない。
一緒に暮らしてきたし、互いの生活も考え方も、それなりに知っているつもりだった。
けれど、夫婦になったからこそ初めて見えてくる違いもあるのかもしれない。
――ファーストクラス程度で、こんなに揉めるとは思わなかったけれど。
美月は盤面に残った駒を眺めながら、小さく息を吐いた。
パリへ行くまで、あと少し。


