ワンコなふりしてドSだなんて、どういうことですか!
 差し出された書類を受け取るとき、彼の指先が私の指にわずかに触れて、それだけであの夜のマンションでの記憶が蘇り、心臓が小さく跳ねる。
 まるで指のそこだけが着火したみたいに、熱い。

 九条先生はそんな私の動揺を見透かすような視線を向けた後、クリアファイルを開いてトントンと指先で書類を示した。

「ここ、脳梗塞ステージⅣの患者さんの退院調整プランなんですけど、雪村さんのシミュレーション、正確ですからね。……っていうのは建前で」

 不意に声を潜めた九条先生が、顔をスッと近づけてきた。

 空気が動き、彼がまとう清潔なリネンの奥から、あの夜、白いTシャツを借りたときと同じ、少し甘くて爽やかな香りがふわりと鼻腔をかすめた。

 彼の体温をまとって立ち上るその魅惑的な匂いに、頭の芯がカッと熱くなる。

「本当は、ただ雪村さんと話しに来る口実が欲しかっただけです。今日、まだ一回も目が合ってなかったでしょう?」

「な……っ、なにを」

 慌てて一歩下がろうとしたが、彼は差し出した書類の位置を動かさず、私の逃げ道を塞ぐようにして距離を詰めてくる。
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