ワンコなふりしてドSだなんて、どういうことですか!
 案内された浴室は、岩風呂だった。
 湯気の向こうに夜の山が見える露天スペースもある。下着を洗濯機に入れてスイッチを押す。湯に浸かると、旅の疲れが音を立てて溶けていくようだった。

「うわー、最高ー」
 温泉なんていつ以来だろう。スーパー銭湯やサウナくらいならあるけれど、こんなふうに素敵な別荘で、ひとりでのんびりと温泉に浸かるなんて人生ではじめてだ。

 ふぅーっと息を吐き、天井を見上げながら、ぼんやりと今日一日を思い返す。

 楽しかったな……。

 箱根の景色も、おいしい食事も、大涌谷での黒たまごも。笑ってばかりいた。

 失恋したばっかりなのに、なにやってるんだろ、私。

 ため息を吐きつつ、ふと心の中が晴れていると気づいた。
 一度は砕けかけた自信を、いつの間にか取り戻せている。新しい場所で、新しい仲間と、患者さんたち。ひなちゃんと九条先生が、私に力をくれた。

 もう大丈夫だと思えた。
 私は大丈夫。傷つく前よりも強くなっているはずだから。

 頭を振って湯から上がり、ドライヤーで髪を乾かして気を持ち直す。浴衣の帯を結んでリビングに戻ると、九条先生がキッチンにいた。

「お風呂ありがとうございました――先生? 何してるんですか?」

「鍋の準備ですよ。野菜を切ってるんですけど、これがなかなか……」
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