ワンコなふりしてドSだなんて、どういうことですか!
 仕事帰りなのだろう。ネイビーのスーツ姿で、シャツの首元を少し緩めている。背が高く、彼が座った拍子に爽やかな香水の匂いがふわりと鼻をかすめた。

 ふと、こちらを振り向いた男性と目が合う。

 ん? 知っている。でも、どこで――。

 記憶の糸をたぐろうとする私に、彼はにっこりと笑いかけてきた。

「ああ、雪村さんじゃないですか。お久しぶりです」

 あっ……!

 脳裏に〝御曹司〟というワードが浮かび上がる。

 三年ほど前か、私が勤める総合病院に研修医としてやって来た医師だ。確か、有名な医師一族のお坊ちゃんで、看護師には横柄、患者への配慮も足りない問題児だった。あまりの態度の悪さに、私がたまりかねて『御曹司だからって、仕事を舐めないでください!』ときつく説教した相手。

 思い出した途端、嫌な脂汗と一緒に酔いが一気に回ってきた。頭がクラクラする。

 この人の名前は、なんだっけ……?

 回る頭でなんとか考え、恐る恐る聞いてみた。

「えっと……九条先生、でしたよ、ね?」
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