ワンコなふりしてドSだなんて、どういうことですか!
 とっさに九条先生が手を伸ばして掴んだおかげで、グラスは床に落ちずに済んだが、私のモカベージュのワンピースは無惨な状態になった。グラスの中身は、よりによって頼んだばかりだったカンパリオレンジ。ワンピースは、胸元から膝にかけて、真っ赤なシミを作っている。

 バーテンダーが急いでおしぼりをくれたり、九条先生がハンカチをくれたり。慌てふためいてワンピースを拭いたけれど焼け石に水。我ながら、最悪続きに呆れるばかりだ。

「これじゃ風邪をひいてしまう。俺のマンションすぐ近くなんでひとまず行きましょう」

 えっ? で、でも。

「そういうわけには」
「遠慮しなくていいです。俺ももう少し話を聞いてほしいし」

 穏やかな割には有無を言わさないきっぱりとした口調の彼に戸惑いつつ、断れなかった。今夜は一人になりたくなくなかったから。

 今聞いた失恋話はさておき、九条先生は研修医当時女性に対して冷たいくらい潔癖だった。そんな彼の部屋に行ったところでなにかが起きるとは思えない。
< 28 / 79 >

この作品をシェア

pagetop