ワンコなふりしてドSだなんて、どういうことですか!
「えー、なにしに来たんだたろ」

 婚約者……?
 ショックのあまり息を呑んだ私は、ぐにゃりと視界が歪む感覚に襲われ、壁に手をついた。
 幸い二人が通り過ぎると廊下に人はいない。そのまま立ち止まり、壊れたように激しく打つ心臓に手をあてると、その先にある医局の扉が開いて「失礼します」と女性の声がした。

 慌ててその場を離れ、廊下の角に隠れる。本能がそうさせたのだった。

 今の聞き覚えのない声は、もしかして……彼の婚約者?

「送っていくよ」
「ありがとう。私もここで研修すればよかっわ。そうすれば、誠一郎さんに指導を受けられたのに」

 ハハッと笑うのは、彼だ。

「それはダメだよ。僕はね、職場では恋愛しない主義だから」

 ウッと漏れそうな声を手で押さえ、私は逃げるように階段へと走った。今聞いた言葉が鼓膜にこびりついて、ぐるぐるとリフレインする。

〝職場では恋愛しない主義だから〟

 どうして、そんなことが言えるの? どういうつもりでそんなふうに。私との間にあったのは恋愛ですらなかったと言いたいの……。
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