ブルーヘヴンの彼方に

3. 恋人

 若葉ちゃんと奇跡みたいな再会をして、一週間が過ぎた。

 未だに信じられない。
 あれから僕たちは、毎日のように連絡を取り合っている。
 一度、二人きりで夕食にも行った。
 もちろん、ロゼさんたちには秘密だ。

   ☆

 再会した、あの日。
 彼女の名前が「若葉ちゃん」だと知った直後。
「あの……もしよかったら」
 ロゼさんとジェームズさんがカウンターへ戻った隙を見て、僕はケータイを取り出した。
 自分でも驚くくらい緊張した。
「連絡先、交換しない?」

 少しだけ間があって。
「……はい」
 その返事だけで、今日という日を一生忘れない気がした。

   ☆

 そして今日は、二度目のデート。
 若葉ちゃんの講義が終わる時間に大学まで迎えに行き、そのまま車を走らせて、郊外の港町まで来ていた。
 本当なら。
 海を一望できる展望カフェで、夕陽を眺める予定だった。
 なのに。
(……リサーチ不足)

 まさかの補修工事中。
 テラスの正面には足場と仮囲い。
 肝心の夕陽がほとんど見えない。

(こんなことある?)

 しかも今日は、少しくらい格好いいところを見せたかったのに。

 こうなったら。

「外、散歩しない?」
「はい」
 会計を済ませ、僕たちは外へ出た。

 丘のように広がる芝生。
 その先には海。
 さらに、転落防止のフェンス近くに小さな鐘がある。

 恋愛成就の鐘。
 風で自然に鳴った音を聞ければ、その恋は叶う――。
 そんな噂があるらしい。

(雑誌、読んどいてよかった)
 僕は少し先を急ぎたい気持ちを抑えて、若葉ちゃんの歩幅に合わせた。

 夕陽が海を染めている。
 オレンジ色の光が、白く、赤く、雲間から揺れながら水面へ落ちていく。
「あの……」
 先に口を開いたのは、若葉ちゃんだった。

「私、未だに信じられなくて」
「何が?」
「エディさんと、こうして一緒にいること」
「ああ」
 僕も笑った。

「それは僕も同じだよ」
「不思議な感じですね」
 潮風が、彼女の長い髪を揺らした。
 夕陽を受けた黒髪が、やわらかく光る。
「髪、すごくきれいだね」
 気づけば、手を伸ばしていた。

「え……あ、ありがとうございます」
 若葉ちゃんが、はにかむように笑う。
「ごめん。勝手に触っちゃって」
「い、いいえ」
 その反応まで可愛くて。
 もっと話していたくなる。

「そういえばさ。初めて会った日のこと、覚えてる?」
「はい」
「すごく嬉しそうな顔してたよね。何かいいことあったの?」
 若葉ちゃんが、少し気まずそうに視線を逸らした。

「あれは、その……卒業制作のウェディングブーケに使う花を買いに行った帰りだったんです」
「ああ。それであんなに花持ってたんだ」
「はい。ちょっと失敗しちゃって。材料を買い足しに行ったら、思ったより安くしてもらえて……」
「それで、前も見えなくなるくらい浮かれてた?」
「……はい」
 俯いてしまった。
 やっぱり可愛い。

「でも」
「え?」
「そのおかげで、君と出会えた」
 若葉ちゃんが顔を上げた。

「僕にとっては、あの日からずっと忘れられない出来事だったんだ」
「……」
「実は一度、君に会いたくて、青い薔薇を手掛かりにあの花屋まで行ったこともある」
「え!?」
「でも、店の前まで行って怖気づいて帰った」
 若葉ちゃんが目を丸くする。

 引かれただろうか。
 でも。
 格好つけるより、本当のことを知ってほしかった。
 いいところだけ見せて、あとで幻滅されるくらいなら。
 最初から全部知ってほしい。

 情けないところも。
 臆病なところも。
 
 それでも、変わらない気持ちがひとつある。

「君が、好きだ」
 ようやく言えた。

 ずっと伝えたかった言葉。

 返事なんて、もらえなくてもいい。
 それでも。
 好きになれたこと自体が嬉しかった。
 君みたいな人に出会えたことが。
 ただ、それだけで――。
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