ブルーヘヴンの彼方に
☆
あの日。
僕は、全部自分のせいだと思った。
両親に止められながらも、僕は警察官や大人たちに混じって妹を探し回った。
夕暮れ時の路地裏で、知らない男の車に乗せられそうになっていたエリサを見つけた。
幸い、警察が男を取り押さえた。
あとで知った話では、その男は誘拐事件の容疑で指名手配されていたらしい。
帰り道。
『にいに、ごめんなさい』
泣きながらそう言うエリサの小さな手を、僕はずっと握っていた。
『エリサが寂しい思いをしてるなら、きっと僕のせいだから。全部、僕のせいにしていいよ』
そんなことを言った僕に。
『にいに?』
『父さんも母さんも、エリサのこと大切に思ってるから。ほら』
家の前には、両親が待っていた。
『お帰り』
怒鳴られると思っていた。
泣かせるかもしれないとも思っていた。
でも、二人はただ僕たちを抱きしめた。
『心配したんだぞ。でも、無事でよかった』
父さん。
『エディ、エリサ、オカエリナサイネ。ガンバッタネ。スゴイネ』
母さん。
あの時。
僕はようやく泣けた。
恐怖でも罪悪感でもなく、ただ安心して。
☆
――なのに。
「ねぇ。ウチのこと、見たことない?」
「え、ええっと……CanDyのELLIEに似てるかなあ、って」
「マジモンじゃ、ボケ」
今じゃ、これだ。
どうやら僕は、妹を甘やかし過ぎたらしい。
「エリサ! いい加減にしろ!」
近くにあった楽譜で頭を小突く。
「いった! 兄貴のくせに生意気な!」
CanDyの看板モデルの実態を知ってしまった若葉ちゃんは、今どんな気持ちなんだろう。
多分、もう二度と同じ目では雑誌を読めない気がする。
「おい、お前だってまだ高二だろうが。俺らより年下のくせに、いちいち生意気なんだよ。ちったぁ弁えろ、性格ブスが」
ギターの調弦をしていたミナトが、苛立った様子で口を挟んだ。
嫌な予感。
「はあぁ? 何なのあんた。大して存在感もないくせに頭だけ真っ赤にしてさ。そんなんだからモテないんだよ、このトマトヘッドが」
「ぁア? 何だ、やンのか?」
「ああ、もう! 喧嘩なら後にしてくれない? 今日はゲストが来てるんだからさぁ」
キリトが割って入り、どうにか収まった。
「ごめんね、若葉ちゃん。せっかくの誕生日なのに。あの二人、特に仲悪くてさ。顔合わせるたびに喧嘩になるんだ」 「……へぇ。それでよく一緒にバンドやってるわね」
「やっぱりそう思う?」
「あ! ご、ごめんなさい、つい……」
「いいよ。本当のことだし。あれでも演奏中は、驚くほどみんなストイックだから」
期待してて。
僕は笑ってそう言った。
「ところで、若葉ちゃん」
「え、何?」
「さっき僕がドア開ける前まで、何想像してたの?」
「……それ、今聞くの?」
「うん。ずっと引っかかってたから」
若葉ちゃんは俯いた。
「な、何って……エディさんが全然教えてくれないから、てっきり……」
「てっきり?」
「……襲われるのかと、思って……」
何と。
「ぷッ……くくく……」
「わ、笑わないで! 本当に怖かったんだから!」
「ははは、ごめんごめん。そういうことなら、この後の予定……考え直そうかな」
「え……?」
「冗談だよ。いちいち素直に反応してくれるから、面白くてつい」
「ひ、ひどい……」
「ごめんね。もうしないから。それじゃ、本題に進もうかな」
僕はドラムセットの陰から、黒いハードケースを引っ張り出した。
「あ、兄貴。本気だね」
「当たり前だ」
ケースを開き、楽器を肩にかける。
「よし。準備OK」
マイクスタンドの前に立つ。
クリスタル仕様の小型ハープ。
僕の相棒。
教会なんかに置いてあるグランドハープとは違う。
軽やかなのに、どこか荘厳。
そして、僕の一番好きな音がする。
「それじゃ、まず音出しから」
弦を爪弾く。
澄んだ音が、空気の中へすうっと溶けていく。
直後、歪んだ電子音が重なった。
柔らかな音に、重みが加わる。
そこへ、各パートの音が次々と重なっていく。
「それじゃ、いくよ」
キリトがカウントを刻んだ。