愛だけは、裏切らなかった

 身体に何かが這う。
 その感覚に目を覚ますと、苛立ちが募った。

「……寝てたのに」

 不満を漏らせば、熱い吐息が首筋にかかった。
 休日の朝だからなのか、こんな時間から手を出すつもりらしい。

「やめて」

「……なんで」

 掠れた声でぽつり。
 別に怒っているわけではなく、確認されているのが分かる。

「そんな気分じゃない」

「……分かった」

 そっと離れていく身体に、いい子だなと笑う。
 私が嫌がれば無理強いをしない。

 昔からそう。

「キスもダメ?」

 なんて甘えるように言われるから、「いいよ」と答える。
 舌がねじ込まれて、翻弄された。

 うっとりと私を眺める目を見て、これは駄目だと思う。
 こちらまで火をつけられそうになる。

「……もうダメだよ、雷」

 唇に指を当てれば、「はい」と雷は弱々しく返事をした。


 *   *   *

 同じマンションの隣の部屋。
 間取りはうちと変わらない。
 キッチンに立ち、朝食の準備をする。

「スクランブルエッグでいい?」

「うん」

 ちょこまかと周りを動く雷が邪魔だ。

「座って待っていて」

「嫌だ。傍にいたい」

 デカい図体のくせに、本当に甘えん坊だ。
 雷を慕っている後輩たちが見たら卒倒するかもしれない。

「学校と違いすぎない?」

「それはヨウも。ヨウは俺のなのに、なんであんなにモテるの?」

「……あなたに言われたくないんだけど」

 若葉陽向(ひなた)の名前から、自分だけは特別な名前で呼びたいからと「ヨウ」と言うこの男は、澄ました顔をして嫉妬深い。

「私よりも雷のほうがモテモテでしょう。男にも女にも」

「……興味ない。ヨウ以外」

 本気でそう思っていそうなんだよなぁ。
 幼馴染でもなければ、関わるはずもないタイプなのに。

「できたよ」

 トーストとサラダとスクランブルエッグだけ。
 雷のお母さんがストックしている牛乳ももらうことにして温めた。

「いただきます」

 見た目は不良なのに、丁寧な動作で雷は食べ始める。
 この隠しきれない部分は嫌いじゃなかった。

「……やっぱりむかつく」と、雷が不満を漏らしたのは食後のことだった。

 彼の腕は抱きついて離れようとしない。
 後ろに寄りかかるのは楽だから、そのままにしておく。

「何が?」

「ヨウが簡単に消費されること」

「……消費?」

 首を傾げる。
 何のことなのかさっぱりだった。

「あんなに簡単に“好きだ”なんて言われていい存在じゃない。……この世で唯一なのに」

 うーん。また始まった。

 謎の持論。
 どうも雷は私を神聖化しすぎているのだ。

 私の手を引き寄せたかと思えば、雷の唇が触れる。
 ひどく優しい動きだった。

「この指も、この唇も、その視線も。全部、俺のものなのに」

「……視線は違うと思うよ」

 そこは独り占め出来ないものだ。
 否定された雷は眉を寄せた。……独占欲が暴力的すぎる。

「面倒くさいから、雷が恋人だなんて言いたくないけど。なんでみんな信じてくれないのかな」

 別に恋人を見せなくたっていいじゃないの。

「信じたくないんだよ。ヨウが誰かのものだなんて」

 疑わずにそう言うから困る。
 みんなにとって特別な存在は、雷のほうなのに。


 
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