きみが待つ空へ ~敏腕パイロットは命をかけて愛を守る~
4 青に託した想い
いつ訪れても、この青の世界は俺を静かに包み込んでくれる。
シャルトル大聖堂のステンドグラスを見上げた。
圧倒的な、ブルー。
薄い青から濃い青まで、幾重にも重なる色彩。
その美しいグラデーションは、刻々と表情を変える空の色合いによく似ている。
だから、ここが好きだ。
空――。
このどこまでも広く、青く、澄んだ世界は、俺がずっと在り続けたいと願う場所だった。
『そろそろ経営側の事情も学んでくれ』
東亜グループの会長である父からは、再三、催促されている。
後継者としての責任は感じている。
覚悟もある。
それでも、パイロットを辞める決心はつかなかった。
自分の努力で手に入れた仕事に誇りがある。何より、空が好きだった。
小さく息を吐き、もう一度ステンドグラスを見上げる。
答えを出せないまま、俺は大聖堂をあとにした。
彼女と出会ったのは、そんな思いを抱えていた帰り道だった。
彼女たちを乗せたパリ行きの電車を見送り、駅構内の人通りの少ない場所に移動した。
スマホを取り出し、東亜ツアーズの社長に電話をかける。
社長は、ワンコールで応答した。
俺がパリ近郊にいること、偶然、東亜ツアーズのお客様の忘れ物のバッグ預かっていること、直接宿泊先に届けようと思っていることを伝えると、社長はひどく恐縮した。
『いえいえ、颯様にそのような雑用をしていただくわけには……』
何度も頭を下げている様子が目に浮かんだ。
俺が次期会長という立場にあるだけで、皆、必要以上に気を遣う。
『パリ支店の者を、颯様のホテルに取りに行かせますので』
もちろん、本来の業務としては、それが正しい対応なのだろう。
けれど、俺の脳裏には、シャルトルの駅で見かけた添乗員の姿が浮かんでいた。
俺の声に気づき、電車から飛び出してきた彼女。
小柄な体を跳ねさせ、ツアーの旗を振りながら、人目も気にせずに「こっち!」と叫んでいた。
結局、バッグを渡す前に電車のドアは閉まってしまった。
それでも彼女は諦めず、ガラス越しに、ツアータグの連絡先に電話を掛けて欲しいと、身振り手振りで訴えてきた。
顔を紅潮させながら、必死に手を動かす彼女。
その真摯な姿勢に好感を覚えたのかもしれない。
――大丈夫。必ず届ける。
思いを伝えようと、遠ざかる電車に向かって手を高く掲げた。
バッグを持ち主に返すのは、当然のことだ。
ただ、彼女ともう少し話をしてみたいという気持ちも確かにあった。
「私が直接届けます。そのツアーの、今夜のホテルを教えてください」
俺は、社長の遠慮を取り合わず、自ら足を運ぶことを押し通した。
パリのホテルで、バッグは無事お客様にお返しすることができた。
エレベーターの扉の向こうにお客様を見送った彼女が、改めて俺に向き直る。
「今日は本当にありがとうございました」
丁寧に頭を下げる彼女に、少し口調を崩して尋ねた。
「……大変なお仕事ですね。あなたは、旅が好き?」
彼女は迷うことなく、旅そのものも添乗の仕事も好きだと答えた。
話し始めた彼女の表情が、どんどん明るくなっていく。
見たこともないものを見たい。
新しい発見をお客様にも楽しんでほしい。
彼女の言葉には、仕事への喜びが溢れていた。
「天職……なのでしょうね」
思わず、そう口にしていた。
俺も、パイロットという仕事を天職だと思っている。
でも、いつまでもこの仕事を続けられるわけではない。
だからだろうか。
目の前で自分の仕事について語る彼女がまぶしく見えた。
彼女は、決して華やかな美人というわけではない。
けれど、素直で真面目な人柄が伝わってくる。
もうしばらく語り合う時間が欲しかったが、翌朝は早い。
「では、明日が早いので私はそろそろ失礼します」
そう言って別れを告げる。
素性を明かしはしなかった。
俺の名前を聞けば、東亜グループの会長の息子だと気づく人間もいる。
東亜の社員である彼女に、わざわざ気を遣わせることもない。
「また、お会いしましょう」
言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
俺はパイロットで、彼女は添乗員。
仕事柄、空港で顔を合わせる機会はあるだろう。
実際、明日、彼女たちは俺が操縦する便でフランスを発つ。
褒められた方法ではないが、グループの上層部にいる俺なら、立場を利用して彼女の連絡先を知ることもできる。
だが、そんなやり方でなくても、彼女との縁は繋がるような気がしていた。
首を傾げたままの彼女に笑みを向けて、俺はその場をあとにした。
シャルトル大聖堂のステンドグラスを見上げた。
圧倒的な、ブルー。
薄い青から濃い青まで、幾重にも重なる色彩。
その美しいグラデーションは、刻々と表情を変える空の色合いによく似ている。
だから、ここが好きだ。
空――。
このどこまでも広く、青く、澄んだ世界は、俺がずっと在り続けたいと願う場所だった。
『そろそろ経営側の事情も学んでくれ』
東亜グループの会長である父からは、再三、催促されている。
後継者としての責任は感じている。
覚悟もある。
それでも、パイロットを辞める決心はつかなかった。
自分の努力で手に入れた仕事に誇りがある。何より、空が好きだった。
小さく息を吐き、もう一度ステンドグラスを見上げる。
答えを出せないまま、俺は大聖堂をあとにした。
彼女と出会ったのは、そんな思いを抱えていた帰り道だった。
彼女たちを乗せたパリ行きの電車を見送り、駅構内の人通りの少ない場所に移動した。
スマホを取り出し、東亜ツアーズの社長に電話をかける。
社長は、ワンコールで応答した。
俺がパリ近郊にいること、偶然、東亜ツアーズのお客様の忘れ物のバッグ預かっていること、直接宿泊先に届けようと思っていることを伝えると、社長はひどく恐縮した。
『いえいえ、颯様にそのような雑用をしていただくわけには……』
何度も頭を下げている様子が目に浮かんだ。
俺が次期会長という立場にあるだけで、皆、必要以上に気を遣う。
『パリ支店の者を、颯様のホテルに取りに行かせますので』
もちろん、本来の業務としては、それが正しい対応なのだろう。
けれど、俺の脳裏には、シャルトルの駅で見かけた添乗員の姿が浮かんでいた。
俺の声に気づき、電車から飛び出してきた彼女。
小柄な体を跳ねさせ、ツアーの旗を振りながら、人目も気にせずに「こっち!」と叫んでいた。
結局、バッグを渡す前に電車のドアは閉まってしまった。
それでも彼女は諦めず、ガラス越しに、ツアータグの連絡先に電話を掛けて欲しいと、身振り手振りで訴えてきた。
顔を紅潮させながら、必死に手を動かす彼女。
その真摯な姿勢に好感を覚えたのかもしれない。
――大丈夫。必ず届ける。
思いを伝えようと、遠ざかる電車に向かって手を高く掲げた。
バッグを持ち主に返すのは、当然のことだ。
ただ、彼女ともう少し話をしてみたいという気持ちも確かにあった。
「私が直接届けます。そのツアーの、今夜のホテルを教えてください」
俺は、社長の遠慮を取り合わず、自ら足を運ぶことを押し通した。
パリのホテルで、バッグは無事お客様にお返しすることができた。
エレベーターの扉の向こうにお客様を見送った彼女が、改めて俺に向き直る。
「今日は本当にありがとうございました」
丁寧に頭を下げる彼女に、少し口調を崩して尋ねた。
「……大変なお仕事ですね。あなたは、旅が好き?」
彼女は迷うことなく、旅そのものも添乗の仕事も好きだと答えた。
話し始めた彼女の表情が、どんどん明るくなっていく。
見たこともないものを見たい。
新しい発見をお客様にも楽しんでほしい。
彼女の言葉には、仕事への喜びが溢れていた。
「天職……なのでしょうね」
思わず、そう口にしていた。
俺も、パイロットという仕事を天職だと思っている。
でも、いつまでもこの仕事を続けられるわけではない。
だからだろうか。
目の前で自分の仕事について語る彼女がまぶしく見えた。
彼女は、決して華やかな美人というわけではない。
けれど、素直で真面目な人柄が伝わってくる。
もうしばらく語り合う時間が欲しかったが、翌朝は早い。
「では、明日が早いので私はそろそろ失礼します」
そう言って別れを告げる。
素性を明かしはしなかった。
俺の名前を聞けば、東亜グループの会長の息子だと気づく人間もいる。
東亜の社員である彼女に、わざわざ気を遣わせることもない。
「また、お会いしましょう」
言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
俺はパイロットで、彼女は添乗員。
仕事柄、空港で顔を合わせる機会はあるだろう。
実際、明日、彼女たちは俺が操縦する便でフランスを発つ。
褒められた方法ではないが、グループの上層部にいる俺なら、立場を利用して彼女の連絡先を知ることもできる。
だが、そんなやり方でなくても、彼女との縁は繋がるような気がしていた。
首を傾げたままの彼女に笑みを向けて、俺はその場をあとにした。