ただいまは戦闘開始のゴング
ROUND 2
スーツを脱がせ、自陣のハンガーへ吊るす。ポケットのスマホが微かに振動した気配があったけれど、私は見向きもしない。リングの中央で焦ってグローブを振り回すのは、三流のファイターがやることだ。
「はい、お待たせ。冷めないうちに召し上がれ」
テーブルに並べたのは、飴色のデミグラスソースがぐつぐつと音を立てる、特大の煮込みハンバーグ。
付け合わせにはバターをたっぷり吸わせたマッシュポテトと、艶やかなグラッセ。そして、炊きたての銀シャリをこんもりと盛ったお茶碗。
「わ……すごいな。ごちそうじゃん」
彼の喉仏が、ごくりと鳴る。
――でもね、見逃さないわよ。その引きつった口元。
夕方、どこかの小洒落たカフェかバーで、相手の女とつまみをつついてきたんでしょう? お腹、そんなに空いていないはずよね。
「最近お仕事忙しそうだったから、スタミナつけてもらおうと思って。あなた、私のハンバーグが一番好きでしょう?」
彼の真正面に腰を下ろし、両手を顎の下で組んで、満面の笑みで見つめる。逃げ場を完全に塞ぐインファイトの構え。
「……うん、いただきます」
彼は観念したように箸を割り、肉の塊を口へ運ぶ。もぐもぐと咀嚼する彼の顔に、必死さが滲み出ている。
美味しいはずよ。私の手料理だもの。でもね、満腹の胃袋に流し込む牛豚合挽き肉のヘビー級の脂は、今のあなたには強烈なボディブローになるはず。
「どう? 美味しい?」
「うん、すっごく……美味しいよ」
「よかった。全部食べてね。残したら、悲しいな」
首を少し傾げて、甘えたように囁く。愛妻の健気な笑顔。これほど世間体と良心に訴えかける凶器が他にあるかしら。
その時、彼がズボンのポケットに突っ込んだままのスマホが、テーブルの下で短く震えた。
ブブッ。
彼の箸がピタリと止まる。動揺を隠すように、慌てて大盛りの白米をかきこむ彼。
「……出なくていいの? 会社の人からじゃない?」
「あ、いや……どうせグループLINEのどうでもいい連絡だから。食事中は、いいよ」
「そう? ふふ、真面目ね」
額にうっすらと脂汗を浮かべながら、彼は無理やりハンバーグを胃へ押し込んでいく。
重いわよね、苦しいわよね。私の愛も、手料理も、家庭という現実も。全部まとめて飲み干しなさい。
「あ、そうだ。明日の朝、早いんだっけ? シャツ、新しく買っておいたのをおろしておくね。……あの柔軟剤、すごくいい匂いだったでしょう?」
カチャリ、と彼の手から箸が滑り落ち、皿に甲高い音を立てた。
ふふっ……思い当たることでもあったのかしら?
脂汗を浮かべ、喉元まで家庭という重石を詰め込まれた哀れな挑戦者。
あとはお風呂に入れて、私の選んだボディソープで余計な残り香をすべて洗い流させれば、今夜の判定落ちは確実のはずだった。