深海のカフェ冬銀河〜破滅ではなくマスターに堕ちてゆく〜

「このコーヒーって、やっぱり、特別なコーヒーなんですよね?」

私は、コーヒーに魅了されながら、マスターに訊ねた。

「サイフォンではありますが、現実世界のコーヒーと、それほど変わりませんよ」 

「でも、私が飲んだことのあるコーヒーは、苦味しかなかった」

「それは、あなたが疲れすぎていて、苦味しか感じられなかったのでしょう。ここは、現実世界に疲れて、ぼんやりとした不安、いや、不安の輪郭がはっきりと浮かび上がってしまっている人が辿り着く場所ですから。不安の輪郭がはっきりと浮かび上がってしまっている人ほど、ぼんやりとした不安だと思い込みたくなるのです」

「不安の輪郭がはっきりと浮かび上がってしまっている人が辿り着く場所⋯」

「毎日、頑張って走り続けて、息苦しくなっていませんでしたか?」

「息苦しかったです。私、今まで、自分の心を誰かに見透かされるのが怖かったのに。マスターになら素直になれる。何故でしょうか?」

「それは、コーヒーの魔法ですよ。コーヒーを飲むことで、呼吸が深くなったのです。もしかしたら、息を吸うことですら、痛かったのかもしれませんね」

私の心は完全にマスターに見透かされている。

最近は目に見える情報が多すぎて。人の目を気にしたり、数字に踊らされ続けて。いつまでも強くなれずに弱いままの私が悪いのか、と疲れていた。

でも、コーヒーの魔法と、なにより、マスターの存在が私の苦しかった呼吸を深くしてくれたのだ。

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