「真実の愛を見つけたんだ!」の後、逆断罪された王子を貰い受けまして。

第3話 査定マイナス230点



馬車は、夜の石畳を静かに走っていました。

行き先は、帝国使節団が借り上げている屋敷です。正式な身柄の交渉は国王陛下がお戻りになってから。ですから今夜のところ、ルシアン殿下は「使節団の客人」ということになっています。

客人は、向かいの席で腕を組み、窓の外を睨んでいました。

「……なぜ、ついてきたんだろうな、俺」
「あら、今さら」
「気づいたら馬車に乗せられていた、としか言いようがない」
「人は衝撃を受けると、判断力が落ちますからね。お気の毒に」

殿下は、こちらをじろりと睨みました。睨む元気があるなら上等です。夜会場で青くなっていた頃より、よほど生き生きしています。

「……なあ、俺の荷物はどうなる」
「宮殿から、明日届くそうです。今夜は客室と、私の従者の服の替えをお貸しします」
「拾われた男は、着の身着のまま、か」
「拾われたのですから」

私は膝の上の革の筒を開け、一枚の書類を取り出しました。

「さて、殿下。更生の前に、現状確認をしましょう」
「……なんだ、その紙は」
「王配適性評価表です」

私が夫候補を査定するために作った、特製の書類です。候補者全員分を用意してきたのですが、実際に記入まで至ったのは、殿下が初めてでした。

「読み上げますね。項目は七つ。各百点満点です」

私は、微笑んで読み始めました。

「礼儀、四十点」
「低い! 俺の礼儀作法は王宮一だと――」
「踊りと挨拶は満点でした。ですが殿下、公の場で婚約者を呼び捨てにして、真実の愛を演説するのは、礼儀の範囲を大きくはみ出しています。四十点でも甘いくらいです」

殿下は口を閉じました。

「謝罪、マイナス八十点」
「マイナス!?」
「今夜、謝るべき相手が目の前にいたのに、殿下は一度も『すまない』の前に自分の気持ちを語るのをやめられませんでした。……いえ、一度も謝っていませんね。言い訳の分量で減点しました」

ぐ、と殿下が唸ります。

「傾聴、マイナス六十点。セシーリア嬢の言葉を、最後までお聞きになりましたか?」
「……聞いていた」
「聞いてはいましたが、理解はしていません。あの方は最初から『理由を』とだけ尋ねていたのに、殿下は愛の演説を始めたでしょう。相手の質問に答えるのが、聞くということです」

「労働、ゼロ点」
「ゼロ……」
「経験がありませんので、ゼロです。安心なさい、殿下。今夜の項目の中で、ゼロが一番まともな評価です」
「全然安心できない!」

思わず笑ってしまいました。

「金銭感覚、マイナス五十点。――殿下、その靴、おいくらかご存じですか?」
「靴? ……知るわけがないだろう。仕立て屋が用意したものだ」
「その一足で、農村一軒の一年分の税がまかなえます」
「……え」
「知らないこと自体は、罪ではありません。ですが王配は、国の金庫を預かる者の隣に立つ人間です。知らないままではいられない。だからマイナス五十点」

殿下は、自分の足元を複雑な顔で見つめました。それでいいのです。最初の一歩は、見つめることです。

「責任、マイナス七十点。これは説明するまでもありませんね」
「……国王不在の場で、婚約破棄を宣言した、か」
「ご理解が早くて助かります」

最後の項目で、私は少しだけ声の調子を落としました。

「危機対応、マイナス十点」
「……十点で済んだのか」
「固まってしまうのは、仕方のないことです。人間ですから。ですが殿下、あの場で固まったまま何も言えなかった時間、あれは国の代表としては長い。だから十点だけ、引いておきました」

「合計は」

私は、評価表の末尾に書かれた数字を、はっきりと読み上げました。

「マイナス、二百三十点」

馬車の中に、沈黙が落ちました。

殿下はしばらく天井を見上げて、それから力なく笑いました。

「……ひどいな」
「ええ、ひどいです」
「ひとつ聞いていいか。……夜会の前半の俺は、何点だった」

私は、少し考えてから答えました。

「前半だけを切り取れば、礼儀は九十点です。踊りも、挨拶も、人の名前と会話を覚える才能も、本物でした。今夜、何事もなく帰っていれば、あなたは筆頭候補のままでしたよ」
「……余計にひどい慰めだな」
「事実ですから。落ちたのは、才能がないからではありません。使い道を間違えたからです」
「慰めはないのか」
「ありますよ」

私は評価表を裏返し、裏面の余白を見せました。

「この表には、続きがあります。合格ラインは全項目六十点以上。あなたには、そこまで上がっていただきます。謝り方、聞き方、働くこと、金を知ること。全部、私が教えます」

「……なぜ、そこまでする」

殿下の声は、今までで一番静かでした。

「俺は落ちた男だ。候補の最下位だろう」

「最下位でしたね」

私は、まっすぐに答えました。

「ですが殿下、私が今夜、手を挙げたのは私だけでした。候補が最下位でも、拾った人間が一人いれば、その男はまだ終わっていません」

殿下は、しばらく何も言いませんでした。

やがて馬車が止まり、御者が声をかけます。

「皇女殿下、屋敷に到着いたしました」

殿下は先に馬車を降りると、くるりと振り返り――私ではなく、御者に向かって言いました。

「……フィン、助かった。夜道をありがとう」

御者は目を丸くして、それから嬉しそうに頭を下げます。

あら、と私は心の中で呟きました。

人の名前を覚えて、礼を言える。それは、評価表の数字より先に、この人の中にちゃんとあるものなのです。

私は評価表の余白に、小さく書き足しました。「到着時、御者への礼儀あり。回復の兆し」。

屋敷の門前には、使節団の伝令が待っていました。

「皇女殿下! たった今、報せが入りました。国王陛下が、宮殿にお戻りになったそうです。明日、謁見の席を設けるとのこと!」

殿下の顔が、再び青くなりました。

そう。明日は、廃嫡交渉です。

――本日の査定:ルシアン・ベルガルド、合計マイナス230点(正式)。更生、本日より開始。
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