「真実の愛を見つけたんだ!」の後、逆断罪された王子を貰い受けまして。

第4話 廃嫡交渉



謁見の朝、使節団の屋敷の食堂で、殿下は一睡もしていない顔をしていました。

「……眠れなかったのか」
「当たり前だろう。廃嫡されるかもしれない前夜だぞ」

ごもっともです。私は甘いパンを一切れ、殿下の皿に移しました。

「食べなさい。空腹では、いい謝罪はできません」
「あんたは、よく食べられるな」
「私は、朝は甘いもので動く仕組みなのです」

実を言うと、私は朝に弱い。騎士団の副団長が聞いて呆れる話ですが、甘いパンと濃い茶がないと、頭が働かないのです。殿下は呆れた顔で、それでもパンを口に運びました。素直なのは、いいところです。

――そして、私たちはフェルディア王宮の謁見の間に通されました。

ルシアン殿下の装いは、使節団が急遽用意した礼服です。サイズは合っているのに、どこか借り物感が拭えません。本人の顔が、すでに半分負けているせいでしょう。

「……なあ、やっぱり俺は、ここで待っていては駄目か」
「駄目です。主役ですから」
「主役というより、被告だ」

その通りです。昨日の今日で、国王陛下への報告は済んでいます。宰相閣下の報告書は、きっと一分の漏れもなかったことでしょう。

奥の扉が開き、国王陛下が姿を現しました。

病み上がりと聞いていましたが、背筋は伸び、目は鋭い。エドガー殿下の精悍さは、この方譲りなのでしょう。陛下は玉座に座り、まず私に、それから息子に目を向けました。

「イーリス皇女。昨夜は、我が国の恥をその目に収めさせてしまった」
「お気になさらず、陛下。むしろ私は、収穫を得ました」

陛下の眉が、わずかに動きます。

「……皇女の申し出は聞いた。ルシアンを、帝国で預かりたいと」
「はい」
「条件を、聞こう」

交渉の始まりです。私は背筋を伸ばし、はっきりと申し上げました。

「第一に、ルシアン殿下の王位継承権の剥奪と、エドガー殿下の王太子冊立を、両国の正式な決定とすること。第二に、殿下の身柄は帝国が預かり、私の王配候補として教育を施すこと。結婚の可否は、教育の成果を見て、私が判断します」
「つまり、出来が悪ければ、返品もありうると」
「ご理解の通りです」

横で殿下が小さく「返品……」と呟きました。聞こえていますよ。

「判断の基準は?」
「査定です。礼儀、謝罪、傾聴、労働、金銭感覚、責任、危機対応の七項目、全て六十点以上を合格とします。……ちなみに、現時点の合計をお伝えしても?」
「聞こう」
「マイナス二百三十点です」

陛下は、咳き込むような音を立てました。宰相閣下が、そっと目を逸らします。

「……よく、それで拾おうと思ったな」
「伸びしろしかありませんので」

「第三に」

私は、一拍置きました。

「殿下の処遇について、帝国は『責任を持ってお預かりする』と明記した証文を頂きたいのです。幽閉でも、追放でもない。学び直すための、正式な留学として」

謁見の間が、静かになりました。

「……なぜ、そこまで形にこだわる」

陛下の問いに、私は微笑んで答えます。

「形は、人の扱いを決めますから。捨てられた王子として送り出せば、殿下は一生『捨てられた』という顔で生きることになります。ですが、学びに行く王子として送り出せば、帰ってくる場所も、立つ場所も残る。――それは、貴国にとっても同じことではありませんか」

長い沈黙のあと、陛下は宰相閣下に頷きました。

「証文を用意しろ。皇女の条件を、すべて呑む」

決まりました。

その時です。隣に立っていた殿下が、不意に一歩進み出て、深く頭を下げました。

「……父上」

声が、震えています。

「昨夜のことは、全部、俺が悪い。言い訳は、しません。セシーリアにも、エドガーにも、国にも……迷惑をかけました。すみませんでした」

拙い謝罪でした。順序も、言葉も、めちゃくちゃです。

ですが、昨夜から今までで初めて、彼は言い訳を一つも口にしませんでした。

陛下はしばらく息子を見下ろして、それから静かに言いました。

「顔を上げよ、ルシアン」
「……はい」
「お前の処分は決まった。だが、覚えておくがいい。――あちらでは、お前は『第一王子』でなくて済む。それが、お前にとって救いになるかどうかは、お前次第だ」

殿下の目が、大きく見開かれました。

双子の弟と並べられ、第一王子の名に押し潰されそうになっていた息子を、この父親は、案外よく見ていたのかもしれません。

退出の際、陛下が最後に私を呼び止めました。

「皇女。一つだけ聞かせてくれ。なぜ、あれを拾った」

私は少し考えて、正直に答えることにしました。

「素材が、良かったものですから」
「……素材」
「ええ。才能はあります。向きが、間違っているだけです。――直してみせます」

陛下は、疲れたように、けれど確かに笑いました。

宮殿の門前では、エドガー殿下が見送りに立っていました。

双子の兄弟は、しばらく黙って向かい合っていました。先に口を開いたのは、ルシアン殿下です。

「……お前は、ちゃんとやれよ」
「ああ。兄上も」
「俺は、やれるかどうかも分からん」
「査定とやらが、マイナス二百三十点だそうだな」
「聞いたのか!?」
「宰相が教えてくれた。……兄上らしいな、と思った」

ルシアン殿下は苦い顔をし、エドガー殿下は、ほんの少しだけ笑いました。喧嘩別れではない。それだけでも、今は十分なのでしょう。

宮殿を出る馬車の中で、殿下は窓の外に遠ざかる王宮を、ずっと見ていました。

「未練ですか?」
「……違う。たぶん、ほっとしている。それが、一番情けない」
「あら、正直でよろしい。査定に加えておきます」

さあ、帝国への帰路です。ここからが、更生の本番です。




――本日の査定:合計マイナス230点据え置き。ただし責任の項目に、再評価メモ。
「父への謝罪。言葉は拙いが、初めて言い訳がなかった」。





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