「真実の愛を見つけたんだ!」の後、逆断罪された王子を貰い受けまして。

第5話 言い訳の多い道中



帝国までは、馬車で二日の道のりです。

一行は、使節団の馬車三台と騎士の護衛。殿下の荷物も宮殿から届き、最後尾の馬車に積み込まれました。拾われた男は着の身着のまま、というわけにはいかなかったようです。本人は複雑そうでしたが。

国境の関所では、小さな出来事がありました。

検問の役人が、名簿を片手に尋ねます。

「フェルディア王国の……ルシアン様、でございますね。ご身分は――」

役人が、言い淀みました。昨夜まで第一王子だった青年の、今日の身分の書き方に困ったのです。

殿下の顔が、強張りました。

私は名簿を受け取り、自分で書き入れました。

「『アストレア聖帝国第一皇女の、王配候補』。これでお願いします」

役人は深々と頭を下げ、殿下は、書き入れられた文字をじっと見ていました。

肩書きを失うということは、こういう小さな場面の積み重なりなのだと、私たちは二人とも理解したのだと思います。

その二日間、私は一つの発見をしました。

ルシアン殿下は、言い訳をするときだけ、驚くほど詩人になるのです。

「俺は今、鳥籠から解き放たれた鳥のような心地だ」
「違います。管理の行き届いた鳥籠へ、移送中の鳥です」

馬車の外から、騎士団長マルガレーテの笑いを堪える音が聞こえました。彼女は査定表の写しを預かる管理人でもあるのですが、道中、ずっと楽しそうでした。人の不幸が好きなのではなく、面白いものが好きなのです。たぶん。

「……運命が、俺とあんたを引き合わせたのかもしれない」
「違います。査定と外交です」
「少しはロマンを持て!」
「ロマンは、査定がプラスになってからです」

殿下は頭を抱えました。

けれど、言い訳の中身は、だんだん変わってきていました。

最初の頃は「真実の愛だった」の一点張りだったのが、二日目の昼には、こう言うようになったのです。

「……セシーリアだって、俺を愛してはいなかった。それは、事実だろう」

私は、馬車の揺れの中で頷きました。

「その通りです」
「なら、俺だけが悪いのも、おかしくないか」
「おかしくありません。愛していなかったことと、公の場で辱めるように婚約を破棄したことは、別の話です。殿下が責めを負うのは、後者だけ。ですが後者は、殿下一人でなさったことです」

殿下は黙り込みました。

「……なら、ミモザにだって、非はあるだろう。あいつは俺を騙した」
「ありますね」
「なら――」
「ミモザ嬢に謝罪を求める権利が、殿下にはあります。ですが、順番です」

私は指を一本立てました。

「まず、自分がやったことの始末をつける。その後で、相手の非を問う。順番を間違えると、全部が言い訳に聞こえます」
「……順番」
「ええ、順番。覚えておいてください、殿下。更生の合言葉です」

言い訳が減って、事実の確認が増えてきた。これは、悪くない変化です。

昼食に立ち寄った宿場で、小さな事件がありました。

宿の女将が、泣きそうな顔の息子を連れて、表をうろうろしているのです。聞けば、子どもが大事にしていた木彫りの馬をなくした、と。

「リク、諦めなさい。もう出発の時間よ」
「やだ! あれは父さんが作ってくれた馬なんだ!」

その時、殿下がふと口を開きました。

「……木彫りの馬なら、昼の休憩所の井戸端にあった」
「え?」
「左の耳が欠けていて、尻尾が赤く塗ってあるやつだろう。あんたの息子が、井戸のそばで遊んでいたのを見た。――置いてきたのは、あの休憩所のはずだ」

女将が目を丸くしました。

「お客様、よくそんな細かいことまで……」
「顔と名前を覚えるのは、得意なんだ。ついでに、馬の耳の欠けもな」

結局、馬は次の休憩に向かう伝令の騎士に頼んで届けてもらうことになり、子どもは大喜びで殿下に抱きつきました。殿下は困った顔をしながら、その小さな頭を、そっと撫でています。

馬車に戻る道で、私は尋ねました。

「なぜ、覚えていらしたのですか。昼休憩の、ほんの数分の出来事でしょう」
「……覚えようとしたわけじゃない。目に入っただけだ」
「その『目に入る』ことが、才能です」

私は、まっすぐに言いました。

「殿下の目は、人の顔も、名前も、小さな落とし物も、全部拾ってしまう。――なのに今まで、その目を自分のことばかりに使ってきた。誰が自分を励ましてくれるか、自分がどう見られているか。それだけに」
「…………」
「人の困りごとに使えば、その才能は人を救います。向きの問題なのです。本当に」

殿下は、長いこと黙っていました。

私は評価表の余白に、静かに書き足しました。

才能は、やはり本物です。あとは、向きだけ。

夕刻、馬車は帝国の宮殿に到着しました。

白亜の宮殿、赤い旗、ずらりと居並ぶ騎士団。殿下は窓から身を乗り出すようにして、それを見上げています。

出迎えには、なんと父である皇帝陛下ご自身が立っていました。

「イーリス、よく帰った」
「ただいま戻りました、父上。――拾い物を、連れてきました」
「ほう」

陛下は殿下をじっくりと眺め、それから破顔しました。

「娘が何かを『欲しい』と言ったのは、初めてのことだ。大切に扱うといい」
「はい、そのつもりです」
「……俺の扱いは、もう決まっているのか」

殿下の呟きは、誰にも拾われませんでした。拾われただけに。

「……でかいな、帝国」
「ここが、あなたの更生の舞台です」

私は微笑んで、最初の課題を告げました。

「到着早々で悪いですが、殿下。最初の課題を出します」
「なんだ」
「セシーリア嬢への、正式な謝罪文を書いてください」

殿下の顔が、みるみる青ざめました。

「……いきなり、ラスボスか」
「謝罪は、全ての基本です。――さあ、始めましょう」



――本日の査定:合計マイナス230点、据え置き。観察メモ。「宿場の子どもの落とし物を、名前と特徴まで正確に覚えていた。才能は本物。あとは向きだけ」。
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