いつか終わってしまう初恋に、わたしはあなたを巻き込んだ
十四歳
王宮の庭に大きな池がある。
冬はそこに氷が張って、王族の方々がスケートをするのが古くからの習わしだった。
ある年、アルフォンス王子がそこでスケートをしたいと言い出して、フェリシエンヌ殿下もそれに駆り出された。
俺は、ひどく嫌な予感がした。
そもそも、たった五歳の王子様がそんなにスケートをしたがるだろうか。これは弟を利用したアデール様の思惑に違いない。そう思った。
『姫様、お断りしましょう。これは絶対に何かある』
『何かあるって何よ。スケートの最中に暴漢がやってきて斬られるとか? さすがにそれはないか』
毛皮のコートと手袋を用意しながら、あっけらかんと姫様は言う。
『それともなあに? どこかから矢で射かけられるとかかしら?』
彼女は少しも気にかけてないのを、隠そうともしなかった。
人前では楚々として王女然とふるまうようになったこの人が、俺相手には未だに軽口を叩いたり素直にむくれたりしてくれることが嬉しかった。
むしろ自分だけに見せてくれるそれを甘美に感じてもいた。
それでも、これは困る。
『真面目に聞いてください。俺は本気で』
青い澄んだ目は、俺を見上げて微笑むだけだった。
『ならば、あなたがわたしを守ってくれればいいじゃない。さ、外は冷えるわよ』
背伸びをしたかと思うと、するりと毛糸のマフラーが巻かれる。俺はもう何も言えなかった。
冬のはしり、氷の張りはまだ薄かった。
真ん中の辺りは割れる危険があるので、岸辺の辺りでスケートをするようにと言われていた。
王子と沢山のお付きの人がいる。勿論、アデール様も一緒だ。
対して、フェリシエンヌ殿下の周りには明らかに人が少ない。項の辺りがぴりぴりする。神経を張り巡らさざるを得なかった。
しばらくの間、和やかにスケートは進んだ。俺は警戒するように、少し離れたところからそれを見ていた。
気が付いたのは、いつの間にか王子の姿が消えていたことだった。隣にいたアデール様もいない。
ぽつんとフェリシエンヌ殿下が池の真ん中あたりに立っている。さっきまで、すぐ近くにいたのに、なぜ。
静謐な冬の空気に、ぴしり、と氷にひびが入る音までもが聞こえるようだった。
誰かが突き飛ばすように、姫様の背中を押した。
「姫様っ!」
思わず、俺は走り出していた。
くるりと、姫様が振り返る。その髪が、揺れる。なんて鮮やかな金。
薄い唇が、わずかに動く。彼女の声は聞こえない。
ゆっくりと姫様の姿が、池の中に消えていく。
迷わず、俺は池の中に飛び込んだ。身を切るようなその水の冷たさも感じなかった。あの時は何も、考えていなかった。
すぐに助け出したことが功を奏して、姫様は大事には至らなかった。
王女を突き落としたアデール様付きの侍女の姿は、俺以外の者にも目撃されていた。
アデール様はそれを重く見て、侍女を断罪し追放した。けれど、それだけだった。
冬はそこに氷が張って、王族の方々がスケートをするのが古くからの習わしだった。
ある年、アルフォンス王子がそこでスケートをしたいと言い出して、フェリシエンヌ殿下もそれに駆り出された。
俺は、ひどく嫌な予感がした。
そもそも、たった五歳の王子様がそんなにスケートをしたがるだろうか。これは弟を利用したアデール様の思惑に違いない。そう思った。
『姫様、お断りしましょう。これは絶対に何かある』
『何かあるって何よ。スケートの最中に暴漢がやってきて斬られるとか? さすがにそれはないか』
毛皮のコートと手袋を用意しながら、あっけらかんと姫様は言う。
『それともなあに? どこかから矢で射かけられるとかかしら?』
彼女は少しも気にかけてないのを、隠そうともしなかった。
人前では楚々として王女然とふるまうようになったこの人が、俺相手には未だに軽口を叩いたり素直にむくれたりしてくれることが嬉しかった。
むしろ自分だけに見せてくれるそれを甘美に感じてもいた。
それでも、これは困る。
『真面目に聞いてください。俺は本気で』
青い澄んだ目は、俺を見上げて微笑むだけだった。
『ならば、あなたがわたしを守ってくれればいいじゃない。さ、外は冷えるわよ』
背伸びをしたかと思うと、するりと毛糸のマフラーが巻かれる。俺はもう何も言えなかった。
冬のはしり、氷の張りはまだ薄かった。
真ん中の辺りは割れる危険があるので、岸辺の辺りでスケートをするようにと言われていた。
王子と沢山のお付きの人がいる。勿論、アデール様も一緒だ。
対して、フェリシエンヌ殿下の周りには明らかに人が少ない。項の辺りがぴりぴりする。神経を張り巡らさざるを得なかった。
しばらくの間、和やかにスケートは進んだ。俺は警戒するように、少し離れたところからそれを見ていた。
気が付いたのは、いつの間にか王子の姿が消えていたことだった。隣にいたアデール様もいない。
ぽつんとフェリシエンヌ殿下が池の真ん中あたりに立っている。さっきまで、すぐ近くにいたのに、なぜ。
静謐な冬の空気に、ぴしり、と氷にひびが入る音までもが聞こえるようだった。
誰かが突き飛ばすように、姫様の背中を押した。
「姫様っ!」
思わず、俺は走り出していた。
くるりと、姫様が振り返る。その髪が、揺れる。なんて鮮やかな金。
薄い唇が、わずかに動く。彼女の声は聞こえない。
ゆっくりと姫様の姿が、池の中に消えていく。
迷わず、俺は池の中に飛び込んだ。身を切るようなその水の冷たさも感じなかった。あの時は何も、考えていなかった。
すぐに助け出したことが功を奏して、姫様は大事には至らなかった。
王女を突き落としたアデール様付きの侍女の姿は、俺以外の者にも目撃されていた。
アデール様はそれを重く見て、侍女を断罪し追放した。けれど、それだけだった。