いつか終わってしまう初恋に、わたしはあなたを巻き込んだ
しなやかな手が、髪を撫でる。冷たい布が額に当てられて、同じぐらい冷たい手に手を握られた。
何度も何度もそれが繰り返される。
――しなないで。
耳元で囁く声が聞こえた気がして、俺は目を開けた。
「……っ!」
起き上がれば、右肩に差すような痛みが走った。矢で射られていたのを忘れていた。引きつるような感覚はあるが、体自体は随分と軽い。
見回せば、部屋には誰もいなかった。薄闇は、明け方なのか夕方なのかも区別がつかない。手のひらをすべらせたシーツは冷たくて、俺以外の体温の形跡はない。
肩を見れば、包帯は新しいものだった。俺の巻き方とは少し違う。つんとした薬草の匂いがして、自分が適切な治療を受けたことが分かった。
俺は一体、どれだけの時間眠っていたのだろう。
慌てて枕の下に手を入れる。姫様が形見のネックレスを隠す場所はいつもここだ。
指先は何にもぶつからず、枕を取り去ってもそこには何もなかった。起きているなら、彼女がこれを置いていくはずがない。
裸足のまま、階段を駆け下りた。階下の食堂の空気は妙に湿っぽい。まるで何かを悼んでいるように。
天井から、黒いリボンがかかっているのが見えた。王族か、それに類する人が亡くなった時に服す喪のしるしだ。
頭に浮かぶのは、たった一人の名前。俺はずっと、それを拒んでいる。
酒を呷ってから、客の一人が言った。
「まだお若かったのにな、フェリシエンヌ殿下」
殴られたかのように、頭ががんがんする。全身から力が抜けそうになったところで、背中の向こうから声がした。
「ラウル」
振り返れば、少女がいた。
顎先辺りで切りそろえた金色の髪が揺れる。
死を悼む黒の喪章のちょうど下、ほかならぬフェリシエンヌ殿下が笑っていた。
「どうしたの。まだ起き上がってはだめよ」
そっと右手で毛先に触れる。ずきんと、痛みが走ったがもう気にならなかった。確かめるように指先で梳いていく。
するりとこの手の中を流れていったあの髪の感触はない。代わりに指先は空を切る。
「ああ、これね。どうかしら? 似合っていない?」
にこりと彼女は首を傾げてみせる。清々しいほどに明るい笑顔で。
何度も何度もそれが繰り返される。
――しなないで。
耳元で囁く声が聞こえた気がして、俺は目を開けた。
「……っ!」
起き上がれば、右肩に差すような痛みが走った。矢で射られていたのを忘れていた。引きつるような感覚はあるが、体自体は随分と軽い。
見回せば、部屋には誰もいなかった。薄闇は、明け方なのか夕方なのかも区別がつかない。手のひらをすべらせたシーツは冷たくて、俺以外の体温の形跡はない。
肩を見れば、包帯は新しいものだった。俺の巻き方とは少し違う。つんとした薬草の匂いがして、自分が適切な治療を受けたことが分かった。
俺は一体、どれだけの時間眠っていたのだろう。
慌てて枕の下に手を入れる。姫様が形見のネックレスを隠す場所はいつもここだ。
指先は何にもぶつからず、枕を取り去ってもそこには何もなかった。起きているなら、彼女がこれを置いていくはずがない。
裸足のまま、階段を駆け下りた。階下の食堂の空気は妙に湿っぽい。まるで何かを悼んでいるように。
天井から、黒いリボンがかかっているのが見えた。王族か、それに類する人が亡くなった時に服す喪のしるしだ。
頭に浮かぶのは、たった一人の名前。俺はずっと、それを拒んでいる。
酒を呷ってから、客の一人が言った。
「まだお若かったのにな、フェリシエンヌ殿下」
殴られたかのように、頭ががんがんする。全身から力が抜けそうになったところで、背中の向こうから声がした。
「ラウル」
振り返れば、少女がいた。
顎先辺りで切りそろえた金色の髪が揺れる。
死を悼む黒の喪章のちょうど下、ほかならぬフェリシエンヌ殿下が笑っていた。
「どうしたの。まだ起き上がってはだめよ」
そっと右手で毛先に触れる。ずきんと、痛みが走ったがもう気にならなかった。確かめるように指先で梳いていく。
するりとこの手の中を流れていったあの髪の感触はない。代わりに指先は空を切る。
「ああ、これね。どうかしら? 似合っていない?」
にこりと彼女は首を傾げてみせる。清々しいほどに明るい笑顔で。