いつか終わってしまう初恋に、わたしはあなたを巻き込んだ
「……あなたは」
沈黙を切り裂くように、掠れた声が言った。俯けば黒髪が流れて、彼がどんな顔をしているのか分からなくなる。
「あなたは、いつもそうだ」
ただ広い肩が痛々しいほどに揺れた。
どん、と大きな音がして、頭の横に両手を突かれる。檻のように閉じ込められて、目の前の男と見つめ合った。
黒い瞳に膜が張ったようになって、ぶわりと盛り上がる。
「俺は、こんなことが、したいんじゃないっ」
何かが、落ちてきた。それはわたしの頬に、雨のように降る。
わたしは、ラウルの涙をはじめて見た。
十一年間、ラウルはわたしのそばにいてくれた。
襲われても射られても声ひとつ上げなかった人が、子供のように泣いていた。
「どうして、生きようとしてくれないんですか」
ぎゅっとその腕にかき抱かれる。硬い手が首筋をなぞる。そのままラウルはわたしの肩口に顔を埋めて、動かなくなった。
くぐもった声が、耳元で響く。
「返してくれだなんて思っていない。そんなこと、どうだっていい」
今までの抱擁とは違う。彼はいつも、壊れもののようにわたしを包み込むだけだった。
いつになく強い力で抱きしめられて、わたしは身じろぎ一つできなかった。
そして、その気になれば、この人はいつだってこうすることができたのだと気が付いた。
「俺はずっと、あなたが生きるのを諦めてしまうのが何よりも怖かった。池で溺れた時だってそうだ」
ラウルがゆっくりと顔を上げる。
「フェリシエンヌ、さま」
彫像のような顔がぐしゃりと歪んだ。
「あなたは、あの時、一体なんて言ったんですか」
「ラウル」
濡れた頬に手を伸ばす。指先に涙が触れる。それを拭おうとしたら、また手首を掴まれた。
「はぐらかさないで。ちゃんと教えてください」
叱責されて、わたしの手に彼の手が重なる。きゅっと繋がれれば、やはりこの手は熱い。
「だから、『ラウル』よ」
ぱっと黒い瞳が見開かれた。濡れた睫毛が確かめるように瞬きをする。
例えば、「助けて」と言ったら、必ずこの男は来るだろう。
けれど、「来ないで」と言っても、きっとこの男は池に飛び込むだろう。
吸い込まれていくように池に落ちていく中で、わたしはそれ以上、何も言えなかった。
ぎゅっとラウルの首に手を回す。
わたしは、諦めていたのだろうか。いいや、そんなことすらも考えたことがなかった。ただ、
「分からなかったの」
泣いている男の髪をゆっくりと撫でる。まるで小さな子供にするように、そっと。
時折、しゃくりあげるようにその背が震える。
「自分が何のために、生きているのか」
手に入れたと思っていたものが一つずつ零れ落ちていく度に、輪郭が溶けていくようだった。
今はもう、己が何者かも分からない。
「わたしは、」
沈黙を切り裂くように、掠れた声が言った。俯けば黒髪が流れて、彼がどんな顔をしているのか分からなくなる。
「あなたは、いつもそうだ」
ただ広い肩が痛々しいほどに揺れた。
どん、と大きな音がして、頭の横に両手を突かれる。檻のように閉じ込められて、目の前の男と見つめ合った。
黒い瞳に膜が張ったようになって、ぶわりと盛り上がる。
「俺は、こんなことが、したいんじゃないっ」
何かが、落ちてきた。それはわたしの頬に、雨のように降る。
わたしは、ラウルの涙をはじめて見た。
十一年間、ラウルはわたしのそばにいてくれた。
襲われても射られても声ひとつ上げなかった人が、子供のように泣いていた。
「どうして、生きようとしてくれないんですか」
ぎゅっとその腕にかき抱かれる。硬い手が首筋をなぞる。そのままラウルはわたしの肩口に顔を埋めて、動かなくなった。
くぐもった声が、耳元で響く。
「返してくれだなんて思っていない。そんなこと、どうだっていい」
今までの抱擁とは違う。彼はいつも、壊れもののようにわたしを包み込むだけだった。
いつになく強い力で抱きしめられて、わたしは身じろぎ一つできなかった。
そして、その気になれば、この人はいつだってこうすることができたのだと気が付いた。
「俺はずっと、あなたが生きるのを諦めてしまうのが何よりも怖かった。池で溺れた時だってそうだ」
ラウルがゆっくりと顔を上げる。
「フェリシエンヌ、さま」
彫像のような顔がぐしゃりと歪んだ。
「あなたは、あの時、一体なんて言ったんですか」
「ラウル」
濡れた頬に手を伸ばす。指先に涙が触れる。それを拭おうとしたら、また手首を掴まれた。
「はぐらかさないで。ちゃんと教えてください」
叱責されて、わたしの手に彼の手が重なる。きゅっと繋がれれば、やはりこの手は熱い。
「だから、『ラウル』よ」
ぱっと黒い瞳が見開かれた。濡れた睫毛が確かめるように瞬きをする。
例えば、「助けて」と言ったら、必ずこの男は来るだろう。
けれど、「来ないで」と言っても、きっとこの男は池に飛び込むだろう。
吸い込まれていくように池に落ちていく中で、わたしはそれ以上、何も言えなかった。
ぎゅっとラウルの首に手を回す。
わたしは、諦めていたのだろうか。いいや、そんなことすらも考えたことがなかった。ただ、
「分からなかったの」
泣いている男の髪をゆっくりと撫でる。まるで小さな子供にするように、そっと。
時折、しゃくりあげるようにその背が震える。
「自分が何のために、生きているのか」
手に入れたと思っていたものが一つずつ零れ落ちていく度に、輪郭が溶けていくようだった。
今はもう、己が何者かも分からない。
「わたしは、」