いつか終わってしまう初恋に、わたしはあなたを巻き込んだ
十八歳―①
夢はいつも同じところで終わる。
「おはようございます、姫様」
目を開ければ、男が枕元に立っている。
「おはよう、ラウル」
引き締まった長身に、切れ長の黒い瞳。端整な顔立ちだが、壊滅的に愛想がない。まるで彫像のようだ。
どうしてこうなってしまったのだろう。夢の中ではあんなにかわいい少年だったのに。
「髪を梳かせていただいても?」
見ればもう、彼は身支度を完璧に済ませている。床に畳まれた毛布に、いつでも持ち運べるようにまとめられた荷物。その横にある、使い古された剣。いつもそうだ。一体いつ眠っているのだろう。
「好きにして」
くるりと背を向ければ、そっとラウルの手が髪に触れる。
硬い剣だこのある指が、耳朶を掠める。その度に、微かに心臓が跳ねる。
王宮にいた時から髪を結われることは常だった。侍女にされる時はこんなことを思ったことはなかったのに。
こんなこと、この人はどこで覚えたのだろう。少なくとも騎士にさせることではないと分かっている。
けれど、これはラウルのたっての願いだった。この逃亡生活が始まってからの日課になっている。
「できました」
にしても毎度毎度凝った髪型にするものだと思う。どうせフードを被ってしまうのに。
「では参りましょうか」
恭しく差し出される手を、わたしは取る。
「ええ、兄様」
促されるがままに、食堂へと向かう。宿泊客たちの明るい世間話が、一瞬止まる。誰も彼も、探るようにわたしたちを見ている、気がする。
妙齢の男女が二人。どう考えても普通ではない。
駆け落ちか、はたまた誘拐か。そういういかがわしい目でしか見られない。
わたしを端の方の席に座らせて、ラウルは二人分の食事を取りに行った。
「待たせた」
当然のようにラウルはわたしの隣に座る。
テーブルの上は、こんもりと山のように料理の乗った皿が置かれる。こんなに食べられないといつも言っているのに、残した分は自分が食べるからと言って聞かないのだ。
少しだけ大きな声で呼びかける。あからさまに周囲の人にも聞こえるように、はっきりと。
「ありがとう、兄様」
周りの空気がゆるんだ気がする。なんだ、兄妹なのか、と。
その度に、わたしはこの“設定”の強さを実感する。別段顔が似ているということもないだろうに。
考えたのは、ラウルだった。
『他人の男女がともに過ごすのは外聞が悪い。便宜上、兄妹としましょう。私のことは兄様と』
人はこんな顔で冗談も言えるのだなと思えるような、そんな見事な真顔だった。
『え、あなたが兄様? わたしの下僕の分際で? どうせならわたしがお姉様がいいわ』
『仕方がないでしょう。私の方が年上なんですから』
言い返されてわたしは黙るしかなかった。
「今日は馬で行こうと思う。いいか」
出会った時、わたしは王女で彼は騎士だった。
それが今は、兄と妹だなんて笑ってしまう。
「はい、兄様」
けれど、わたしの方が年上だったことなんて、一度もない。何がどう変わろうとも、これだけは変わらない事実だ。
「おはようございます、姫様」
目を開ければ、男が枕元に立っている。
「おはよう、ラウル」
引き締まった長身に、切れ長の黒い瞳。端整な顔立ちだが、壊滅的に愛想がない。まるで彫像のようだ。
どうしてこうなってしまったのだろう。夢の中ではあんなにかわいい少年だったのに。
「髪を梳かせていただいても?」
見ればもう、彼は身支度を完璧に済ませている。床に畳まれた毛布に、いつでも持ち運べるようにまとめられた荷物。その横にある、使い古された剣。いつもそうだ。一体いつ眠っているのだろう。
「好きにして」
くるりと背を向ければ、そっとラウルの手が髪に触れる。
硬い剣だこのある指が、耳朶を掠める。その度に、微かに心臓が跳ねる。
王宮にいた時から髪を結われることは常だった。侍女にされる時はこんなことを思ったことはなかったのに。
こんなこと、この人はどこで覚えたのだろう。少なくとも騎士にさせることではないと分かっている。
けれど、これはラウルのたっての願いだった。この逃亡生活が始まってからの日課になっている。
「できました」
にしても毎度毎度凝った髪型にするものだと思う。どうせフードを被ってしまうのに。
「では参りましょうか」
恭しく差し出される手を、わたしは取る。
「ええ、兄様」
促されるがままに、食堂へと向かう。宿泊客たちの明るい世間話が、一瞬止まる。誰も彼も、探るようにわたしたちを見ている、気がする。
妙齢の男女が二人。どう考えても普通ではない。
駆け落ちか、はたまた誘拐か。そういういかがわしい目でしか見られない。
わたしを端の方の席に座らせて、ラウルは二人分の食事を取りに行った。
「待たせた」
当然のようにラウルはわたしの隣に座る。
テーブルの上は、こんもりと山のように料理の乗った皿が置かれる。こんなに食べられないといつも言っているのに、残した分は自分が食べるからと言って聞かないのだ。
少しだけ大きな声で呼びかける。あからさまに周囲の人にも聞こえるように、はっきりと。
「ありがとう、兄様」
周りの空気がゆるんだ気がする。なんだ、兄妹なのか、と。
その度に、わたしはこの“設定”の強さを実感する。別段顔が似ているということもないだろうに。
考えたのは、ラウルだった。
『他人の男女がともに過ごすのは外聞が悪い。便宜上、兄妹としましょう。私のことは兄様と』
人はこんな顔で冗談も言えるのだなと思えるような、そんな見事な真顔だった。
『え、あなたが兄様? わたしの下僕の分際で? どうせならわたしがお姉様がいいわ』
『仕方がないでしょう。私の方が年上なんですから』
言い返されてわたしは黙るしかなかった。
「今日は馬で行こうと思う。いいか」
出会った時、わたしは王女で彼は騎士だった。
それが今は、兄と妹だなんて笑ってしまう。
「はい、兄様」
けれど、わたしの方が年上だったことなんて、一度もない。何がどう変わろうとも、これだけは変わらない事実だ。